ノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎博士の研究は何がすごい? 地球温暖化研究のパイオニアとしての功績

プリンストン大学上席研究員の真鍋淑郎博士が、現代の気候研究の基礎を築いたことから、2021年にノーベル物理学賞を授賞しました。真鍋博士は、1960年代から複雑な気候変動についてシンプルなモデルを作り、世界で最初に、地球温暖化の数値計算を行った人でもあります。

その後、大気と海洋を結合したモデルも提示して、数値計算で大気と海洋の循環を定量化し、温暖化予測シミュレーションを行い、現在の地球温暖化研究の基礎を築きました。これらは現在でもIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の温暖化予測の基礎になっています。

温暖化については、当時は懐疑的な科学者も多く、1985年に初めて温暖化に関する世界会議が開催されたことからも、博士の研究がいかに先行していたかが分かります。

この記事では、真鍋博士の功績を軸としつつ、科学者の温暖化への理解や一般の受け止め方がどのように変化したかを紹介します。

 

真鍋淑郎博士の「地球温暖化の数値計算」と世界の温暖化に対する認識

真鍋博士の研究のポイントを、温暖化と関連付けて説明します。1960年代当時には、まだ科学者も含め、地球温暖化という認識を持っている人はあまりいませんでした。

世界初の地球温暖化の数値計算

1964年、真鍋博士は地上から上空までを一本の柱に見立て、大気を地面に平行な水平方向に解析するのではなく、地面に垂直な鉛直方向の温度構造を明らかにする「一次元放射対流平衡モデル」を作りました。扱うデータを限定することによって、大気の構造を再現することに成功したのです。

地上から10kmまでの対流圏においては上空ほど気温が下がり、高度10〜20kmの成層圏低層においては気温が一定となり、高度20〜50kmにおいては高度が高いほど気温が上昇するというモデルは、実際の測定値にほぼ合致するものでした(図1)。

図1: 大気の平衡温度温度分布
出典: Syukuro Manabe and Robert F. Strickler「Thermal Equilibrium of the Atmosphere with a Convective Adjustment」Journal of the Atmospheric Sciences,Volume 21: Issue 4, p.364 (1964)
https://journals.ametsoc.org/view/journals/atsc/21/4/1520-0469_1964_021_0361_teotaw_2_0_co_2.xml

図1の右側の図は、縦軸が地面からの高度、横軸が気温(右側に行くほど高温)を表しています。例えば一番右側のラインは0日目で、初日は全高度における気温が360K(約摂氏87度)となっていたものが、10日、20日と時間が経過するにつれ、左のラインのように変化していきます。そして320日後に太線の温度分布に収束していることを示しています。

このラインでは、高度10kmくらいまでは温度が低下していき、その後一定となり、25km以上高くなると再び気温が上昇していることがわかります。地球の大気が対流の作用により、実線のように高温状態からスタートしても、点線のように低温状態からスタートしても最終的には、1つの状態に落ち着くことを示したモデルです。

続いて真鍋博士はこのモデルを使って、温室効果ガスの役割をシミュレーションする研究に取り組み、1967年に、大気中の二酸化炭素濃度が2倍になると地表付近の気温が2.36度上昇すること、1/2になると2.28℃低下することを示しました。これは、世界で最初の地球温暖化の数値計算であり、地球温暖化を予測したものです(図2)。

図2: 二酸化炭素による大気の温度上昇
出典: The Nobel Prize organization「Press release: The Nobel Prize in Physics 2021」(2021)
https://www.nobelprize.org/uploads/2021/10/fig3_fy_en_21_-carbonDioxideTemperature.pdf

図2では、横軸が気温で縦軸が高度です。黒線を標準として、赤線が大気の二酸化炭素濃度が2倍になった状態、青線が二酸化炭素濃度が1/2倍になった状態を表しています。黒線よりも赤線の方が気温が2.36度上昇しています。つまり、温室効果ガスである二酸化炭素の濃度が高まると地表付近の気温が高くなる=温暖化が進行するのです。

このメカニズムは次のように起こります。まず、太陽から放出されたエネルギーは、地表に吸収されます。その後、地表から放出される赤外線のエネルギーを地表付近の二酸化炭素が吸収して、対流により大気と地表が温められるのです。

その一方で、高度が20km以上の上空では、二酸化炭素濃度が低い方が大気がより高温になっていることがわかります。これは、地表から放出される赤外線のエネルギーを大気中の二酸化炭素が吸収してしまった結果、宇宙に放射されるエネルギーが減ったのです。

 

世界の温暖化に関する認識(1970年代)

1967年には、真鍋博士は地球温暖化予測の先駆的な論文を発表していましたが、1970年代頃まで学会の定説は「地球寒冷化」でした。実際、1940年代〜1970年代頃には、地球は一時的に寒冷化していました(図3)。

図3: 世界の年平均気温偏差の経年変化(1891〜2021年)
出典: 気象庁「世界の年平均気温」(2022)
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_wld.html

図3は、世界の平均気温(陸域における地表付近の気温と海面水温の平均)の基準値(1991〜2020年の30年平均値)からの偏差(平均との差)を表しています。1940年代〜1970年代にかけては寒冷化していることがわかります。

これは、大気汚染により地表に達する日光が遮られたために、温室効果ガスによる温暖化の効果を覆い隠してしまったためであると考えられています[*1], (図4)。

図4: 地球の陸表の気温変動(1958年~2002年)
出典: Martin Wild, Atsumu Ohmura, and Knut Makowski「Impact of global dimming and brightening on global warming」GEOPHYSICAL RESEARCH LETTERS, VOL. 34(2007)
https://ethz.ch/content/dam/ethz/special-interest/usys/iac/iac-dam/documents/people-iac/wild/2006GL028031.pdf, p.2

図4は、大気汚染により地表に達する日光が遮られた「地球の暗化」により1958〜1985年は低温期であることを示しています。

また、この時期における気候の内部変動も寒冷化に影響を与えたと考えられています。「内部変動」とは、台風やエルニーニョなどの気候変動のことです。一方、太陽活動や火山噴火などは、気候システムの「外部要因」と言われます[*2]。

実際の観測結果も、一時的に寒冷化を示していたため、このまま地球は寒冷化していくと多くの科学者も考えていたのです。

ただし、氷期が近づいていることを示す研究結果があったわけではなかったのにも関わらず、「氷期が近づいているのではないか」というマスコミ報道が広まってしまいました[*3]。そのため、一般市民の間では、このまま地球は氷期に向かっていくのだという認識が生まれていました。

 

真鍋淑郎博士の「大気・海洋結合モデル」と世界の温暖化に対する認識

さらに、真鍋博士の気候モデルは進化し、世界的に評価されるようになっていきます。一般にも温暖化に対する認識が醸成されてきたのは、その後1980年代後半になってからのことです。

大気・海洋結合モデルの作成

1969年、真鍋博士は海洋物理学者との共同研究で、「大気・海洋結合モデル」を作成しました。これは大気循環モデルに、大きな熱源である海洋の影響を組み入れた画期的なものでした[*4]。この精密なモデルによって、温暖化予測の精度は高まりました。

1975年真鍋博士は、アメリカでスーパーコンピュータを活用して「3次元大気モデル」を完成させました。これは、地球を取り巻く大気の中の放射により、水平方向にも大気が流れ、熱や水蒸気が移動することも考慮に入れた、より精緻な大気循環モデルでした[*5]。

 

世界の温暖化に関する認識(1980年代)

1980年代に入ると、地球の気温が上昇傾向に転じてきたことを背景にして、温暖化に関する研究も進展していきました。1985年には、初めて温暖化に関する世界会議である「フィラハ会議」がオーストリアで開催されました。国際社会に対して地球温暖化の予測を示し、その影響の大きさを警告したものでした[*6]。

学会の見解は、フィラハ会議を受けて地球寒冷化ではなく地球温暖化に移りつつありましたが、各国政府や一般市民の間では、まだ定まった見解は形成されていませんでした。

1988年に、世界気象機関(WMO)及び国連環境計画(UNEP)により、政府間機関である「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が設置されました。これは、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎を与えることを目的としたもので、この頃から、地球温暖化説は一般に広まっていきます。

 

「IPCCの第1次評価報告書」と世界の温暖化に対する認識

そこから真鍋博士の研究は、世界の温暖化予測の基礎として使われるようになりました。

真鍋淑郎博士のモデルが「IPCCの第1次評価報告書」に採用

気候モデルにおいて、大気と海洋のデータを同時に計算すると、なかなか精度が高い再現ができませんでした。しかし、真鍋博士はこの問題を克服する方法を発見し、1989年には、現在につながる気候モデルを作成しました。

この研究は国際的な温暖化予測の基礎に採用され、1990年には、真鍋博士も執筆者として参加したIPCCの「第1次評価報告書」が作られました。ここでは「人為起源の温室効果ガスがこのまま大気中に排出され続ければ、生態系や人類に重大な影響をおよぼす気候変化が生じるおそれがある」という警告が発せられました[*7]。

現在では多くの科学者の認識は、地球温暖化の主な原因は人間活動であるとの合意に達しています。

 

世界の温暖化に関する認識(1990年代以降)

1990年代頭には、地球温暖化の問題と、オゾン層破壊の問題が混同されることもありました。また、2000年頃から「ハイエイタス」と呼ばれる世界平均気温上昇の停滞期もあり、「地球温暖化の予測は外れた」と報道されることもありました。

現在では地球温暖化の主な原因は人間活動であるとの合意形成が、科学者の間で為されています。2021年に発表されたIPCCの「第6次評価報告書」(図6)では、初めて地球温暖化の原因が人間の活動によるものと断定されました[*8]。

図5: IPCC「第6次評価報告書」
出典: WWF「最新の地球温暖化の科学の報告書:IPCC第6次評価報告書 『自然科学的根拠(第1作業部会)』発表」(2021)
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/4685.html

また、一般市民の間にも、地球温暖化を懸念する声が高まってきています。例えば、2018年には、当時15歳であったスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんが、気候変動対策を求めてスウェーデンの国会前で抗議活動を始めました。この活動は世界中の若者に共感され、世界的な広がりとなります。

地球温暖化に対しては、一部には懐疑論者も存在するものの、科学者、政府、一般市民も含めて、大きな問題であるとの認識がほぼ一致しつつあります。

 

日本における地球温暖化の受け止め方はどのように変化してきたか

日本における地球温暖化の受け止め方について見ていきましょう。日本での受け止め方も、方向性としては世界の情勢に沿っています。ただし、日本においては、市民の間で特に温暖化対策を負担と感じる人が多いという調査結果があります。

2015年に行われた世界市民会議(World Wide Views)の調査によると、「あなたにとって気候変動対策とは?」という質問に対して、「生活の質を高めるもの」と回答した人は、世界では66%でしたが、日本では「生活の質を脅かすもの」と回答した人が60%で、「生活の質を高めるもの」と回答した人は17%にしか過ぎませんでした(図6)。

図6: 気候変動への取り組みの重要性 世界(上図)と日本(下図)
出典: World Wide Views on Climate and Energy「RESULTS」(2015)
http://climateandenergy.wwviews.org/results/

また、世界では下火になってきた温暖化懐疑論が、2000年代の日本で一時的なブームになったこともありました。

それでも近年では、やはり世界と同様に、地球温暖化に対する問題意識は高まってきています。

 

真鍋淑郎博士の研究を踏まえ地球温暖化を防ぐために

真鍋博士の研究を踏まえて、温室効果ガスを減らして地球温暖化を防ぐために、私たちはどのような行動を取るべきなのでしょうか。

個人でできることとしては、日々の暮らしにおいて、電気をはじめとした資源の無駄遣いをなくしていくことや、環境負荷の高い畜産物を食べる量を減らすこと、環境負荷の低い製品を購入すること、公共交通機関を利用することなどが考えられます。

同時に、エネルギー、交通、都市、農業のあり方などに関する、経済と社会のシステムを変革していく必要があります[*9]。

そのためには、再生可能エネルギーを普及させるための技術発展など、科学技術によって推進できる面もある一方で、気候変動問題に関心を持つ人が増えなければ社会を変えていくことは難しい面もあります。

 

真鍋博士自身は、温室効果ガス対策だけではなく、大気汚染などの地球環境問題全体に取り組むべきであると述べています[*10]。
1960年代から地球温暖化を予測してきた真鍋博士の警告に耳を傾け、環境問題への対策を進めていかなければなりません。

 

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参照・引用を見る

*1
Martin Wild, Atsumu Ohmura, and Knut Makowski「Impact of global dimming and brightening on global warming」GEOPHYSICAL RESEARCH LETTERS, VOL. 34 (2007)
https://ethz.ch/content/dam/ethz/special-interest/usys/iac/iac-dam/documents/people-iac/wild/2006GL028031.pdf/,  p.2

*2
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所、気象庁気象研究所「20世紀中頃の北極寒冷化は人間活動による大気中の微粒子の増大と気候の自然変動が複合的に影響~北極温暖化の将来予測の信頼性向上に貢献~」(2022)
https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20220407.html

*3
The Cooling World,  Newsweek, April 28, 1975  p.64
https://iseethics.files.wordpress.com/2012/06/the-cooling-world-newsweek-april-28-1975.pdf

*4
いいね!Hokudai「#159 地球温暖化研究がノーベル物理学賞 ~受賞した真鍋氏ゆかりの研究者に聞く~」(2021)
https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/like_hokudai/article/23684

*5
日本大百科全書(ニッポニカ)「真鍋淑郎」(2022)
https://japanknowledge.com/contents/nipponica/sample_koumoku.html?entryid=2364

*6
環境省「平成3年版環境白書」(1991)
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h03/7866.html#:~:text=(2)%20%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96%E9%98%B2%E6%AD%A2,%E3%81%A8%E8%A8%80%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82

*7
環境省「IPCC第1次評価報告書(FAR)の概要」(1990)
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/ipccinfo/IPCCgaiyo/report/IPCChyoukahoukokusho1.html

*8
江守正多「なぜ日本人は気候変動問題に無関心なのか?」(2020)
https://news.yahoo.co.jp/byline/emoriseita/20200817-00193635

*9
環境省「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第 6 次評価報告書 第 1 作業部会報告書(自然科学的根拠)政策決定者向け要約(SPM)の概要(ヘッドライン・ステートメント)」(2021)
http://www.env.go.jp/press/109850/116628.pdf

*10
日本学術会議「日本学術会議会長談話『地球温暖化』への取組に関する緊急メッセージ」(2019)
https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-d4.pdf

*11
岸宣仁「ノーベル賞受賞・真鍋淑郎氏が20年前に語った『温暖化問題への処方箋』」(2021)
https://diamond.jp/articles/-/284160?page=4

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