企業による温室効果ガス削減目標「SBT」とは?  SBTを設定した中小企業の取り組み事例やそのメリット

温室効果ガスの削減に向けて、大企業を中心に設定されつつある「SBT(Science-based targets:科学を基準とする目標設定)」は、国際的戦略の一つです。再エネ設備の導入など、企業が環境問題への取り組みを広くアピールし、サプライチェーン全体の温室効果ガス排出量を削減する手段として、近年、国内外の多くの企業が取り入れています。

それでは、具体的にSBTとはどのような取り組みなのでしょうか。

また、これまでSBTに参加してきた企業の多くは大企業でしたが、近年では中小企業向けのSBTのコースが作られ、中小企業によるSBT導入も増えつつあります。中小企業向けSBTは通常のSBTとどのような違いがあり、中小企業が設定するメリットとして何があるのでしょうか。詳しくご説明します。

 

SBTとは

SBTとは、「パリ協定が求める水準と整合した、企業が設定する温室効果ガス排出削減目標」を言います[*1]。

2015年に「国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)」で合意されたパリ協定では、長期目標として、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」ことが掲げられています。

平均気温上昇を抑えるためには、世界的に温室効果ガスの排出量を削減する必要があります。途上国を含むすべての参加国は、各国の事情に合わせて自主的に目標を定めており、日本の場合は、2030年度までに2013年度の水準から26%温室効果ガスを削減すると中間目標を設定しています[*2], (表1)。

表1: パリ協定における各国の温室効果ガス削減目標出典: 資源エネルギー庁「今さら聞けない『パリ協定』~何が決まったのか? 私たちは何をすべきか? ~」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/ondankashoene/pariskyotei.html

このパリ協定が求める水準と整合するように各企業が、設定した目標をSBTと言い、気候変動対策に関する情報開示を推進する機関投資家の連合体のCDP、国連グローバルコンパクト(UNGC)、世界資源研究所(WRI)、世界自然保護基金(WWF)によって共同で運営されるSBTイニシアティブから認定を受けます。具体的な目標水準として、5年から10年先を見据え、事業活動における温室効果ガス排出量を年4.2%以上削減することが求められています[*1], (図1)。

図1: SBTにおける温室効果ガス排出削減目標について
出典: 環境省・みずほリサーチ&テクノロジーズ「SBT(Science Based Targets)について」(2022)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SBT_syousai_all_20220801.pdf, p.5

SBTでは、事業活動に関係するあらゆる排出量の削減が求められ、自社における製造過程のみならず、原料調達にかかる温室効果ガスや、製品の使用時や廃棄の際に発生する温室効果ガスの削減も求められています[*1], (図2)。

図2: SBTが削減対象とする排出量
出典: 環境省・みずほリサーチ&テクノロジーズ「SBT(Science Based Targets)について」(2022)

https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SBT_syousai_all_20220801.pdf, p.6

原料調達から廃棄を含む製品のライフサイクル全体における各段階をそれぞれScope1、Scope2、Scope3と言い、全てを合計した値をサプライチェーン排出量と呼びます。

また、認定後も毎年排出量や対策進捗の報告、目標の妥当性の確認が行われます。

 

SBTに取り組むメリット

SBTに取り組むメリットとして、企業として環境問題の改善に貢献できるだけでなく、様々なステークホルダー(利害関係者)に対して、持続可能な取り組みを行う企業であることを分かりやすくアピールできる点などが挙げられます[*3], (表2)。

表2: SBTに取組むメリット出典: 環境省・みずほリサーチ&テクノロジーズ「概要資料」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SBT_gaiyou_20220801.pdf, p.3

SBTの設定は、機関投資家が連携し、企業に対して気候変動への戦略や具体的な温室効果ガスの排出量に関する公表を求めるプロジェクト(CDP:カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)による採点等で評価されるため、投資家からの投資の呼び込みに役立ちます[*4]。

また、社員に削減目標や取り組みを訴求することで、社員自身のモチベーションの向上や、新たなイノベーションを起こそうとする機運を高めることにもつながります。実際、P&Gでは「Power of 5」と呼ばれるプログラムを立ち上げ、従業員による省エネや経費節約に関するアイデアを共有することで、2500万ドル超の新たな省エネ機会を作り出したと報告されています[*1]。

その他、顧客やサプライヤーなど様々な関係者に対して、環境に配慮した企業であることを示すことができるという点で大きなメリットがあります。

 

国内外におけるSBT認定事業者の現状

このように、SBTには様々なメリットがあるため、設定する企業も年々増加しています。

実際、世界全体で見ると、2022年8月1日までに認定取得を行った企業は1,604社、2年以内にSBT認定を取得すると宣言(コミット)した企業は1,861社もあります[*1]。

また、国内においても、2022年8月1日までに認定取得を受けた企業は233社、コミットした企業は56社と年々増加しています[*1], (図3)。

図3: SBTに参加している国別企業数グラフ(上位10カ国)世界全体でSBTに参加している企業の推移
出典: 環境省・みずほリサーチ&テクノロジーズ「SBT(Science Based Targets)について」(2022)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SBT_syousai_all_20220801.pdfhttps://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SBT_syousai_all_20220317.pdf, p.41

特に日本企業の認定数は、国別企業数で見るとアメリカ、イギリスに次いで3番目に多く、認定によるメリットが高いことがうかがえます。

 

中小企業も設定可能なSBT

通常のSBTは後述するように申請費用が高く、排出量の削減対象が原材料調達や輸送などの社外の範囲にも及び、大企業と比べて対外的な調整力に乏しい中小企業にとってはハードルが高いため、これまでSBT認定を受ける企業の多くは、グローバル企業など大企業でした。しかしながら、温室効果ガス排出量の削減に向けては、大企業のみならず中小企業の積極的な参加も不可欠です。

そこで、SBT事務局は、目標年や目標レベルの選択肢を提示することで、中小企業でも取り組み可能なコースを用意しています[*5], (表3)。

表3: 中小企業向けSBTと通常のSBTの比較出典: 中小企業基盤整備機構「カーボンニュートラルをめざすSBTには中小企業も参加できますか。」
https://j-net21.smrj.go.jp/qa/org/Q1404.html?msclkid=66373bceb95711ec83a6d49b96d3e4c0

中小企業向けSBTでは、通常4,950米ドルの費用が1回1,000米ドルになり、事務局の審査なしに承認されるなど、設定のハードルが低くなっています。

また、通常のSBTだとScope3(事業活動における自社以外の間接排出)も削減対象範囲としており、他社との連携や、調整にかかる労力やコストが発生してしまいます。しかしながら、中小企業向けSBTでは、温室効果ガス削減対象範囲としてScope3は除かれるため、中小企業でも実行しやすいです。

中小企業がSBTに参加するメリットと課題

中小企業はSBTに参加することによって、様々なメリットを享受することができます。

例えば、中小企業がSBTを取得することによって、世界中の名だたる大企業と並んで自社の取り組みを世界に向けて発信できるため、知名度や認知度の向上を見込めるというメリットがあります。特に、日本の中小企業の取り組みはまだ少なく目立つため、PR活動にもなります[*6]。

また、自社の排出量を算出しておくことで、顧客のサプライチェーン上における排出量算定に貢献できます。特に、大企業はSBTにおいてサプライチェーン全体の排出量削減を求められています。大企業からの削減要請にも応えることができるため、顧客との持続可能な関係を構築できるというメリットもあります。

一方で、課題もあります。中小企業向けSBTは簡易的な手続きとなっているとはいえ、事業活動における排出量の算出や、事務局への提出書類の作成など事務的な作業が発生するため、人的資源が限られている中小企業では実施しにくいという点が挙げられます。

また、中小企業向けSBTは金融機関、石油・ガス系企業は対象外となっているため、これらの企業は中小企業であっても通常のSBTを取得する必要があります[*7]。

 

中小企業によるSBT取り組み事例

通常のSBTと比較すると承認された企業数は少ないのですが、2022年9月時点で既に122社の中小企業が、中小企業向けSBTの認定を受けています[*8]。

例えば、羽毛の加工及び原料製品の販売を手がける河田フェザー株式会社(従業員数70人)では、工場や社宅などにおける燃料転換と、バイオマスなどの電力の再エネ化を検討するとともに、羽毛製品のリサイクル推進を実施しています[*9]。

具体的な目標設定を全社で検討し、排出量の削減に向けては、羽毛ふとんとして「グリーンダウン」を90%使用したリサイクル羽毛を開発しました。グリーンダウンとは、一度使用された羽毛を国内で回収し、洗浄・回復処理したリサイクル羽毛です[*10], (図4)。

図4: 羽毛の循環サイクル社会のイメージ
出典: Green Down Project「Green Down Project」
https://www.gdp.or.jp/

製造業以外の企業では、創業1830年(天保元年)の老舗旅館を営む株式会社戸田家(従業員数230人)による取り組みが挙げられます。

株式会社戸田家では、基準年時点で2,846tCO2(Scope1)、2,165tCO2(Scope2)ある排出量を2030年までに2018年比で20%削減するという目標を設定しています。

排出削減に向けて、省エネ化の推進やクリーンエネルギーへの転換・車両のEV化等を検討するなど、サービス業を営む中小企業も積極的にSBTを取り入れています[*11]。

 

中小企業でも実施可能なSBT

多くの企業がSBTに参加することで、平均気温上昇を1.5℃未満に抑えるというパリ協定の目標達成に一歩近づきます。国内には350万社以上の企業が存在しますが、そのうち99.7%は中小企業のため、温室効果ガス削減に向けては中小企業の協力が不可欠です[12]。

手続きが通常のSBTと比べ簡単で、費用面などのハードルが比較的低い中小企業向けSBTは、中小企業の参加を促すことができる取り組みと言えます。

企業自らが積極的に自社の排出削減目標を設定し、取り組みを行うことは関係企業との関係構築という点においても大きなメリットとなります。事業活動における排出削減に向けた取り組みが国内外で加速する中、今後は大企業のみならず、中小企業においても導入が進むことでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1
環境省・みずほリサーチ&テクノロジーズ「SBT(Science Based Targets)について」(2022)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SBT_syousai_all_20220801.pdf, p.4, p.5, p.6, p.8, p.34, p.39, p.40

*2
資源エネルギー庁「今さら聞けない『パリ協定』~何が決まったのか? 私たちは何をすべきか? ~」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/ondankashoene/pariskyotei.html

*3
環境省・みずほリサーチ&テクノロジーズ「概要資料」(2022)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SBT_gaiyou_20220901.pdf, p.3

*4
伊藤忠商事株式会社「カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)とは」
http://www.ecoforte.jp/ecoforte/global/cdp.html 

*5
中小企業基盤整備機構「カーボンニュートラルをめざすSBTには中小企業も参加できますか。」(2021)
https://j-net21.smrj.go.jp/qa/org/Q1404.html?msclkid=66373bceb95711ec83a6d49b96d3e4c0

*6
環境省「中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック-温室効果ガス削減目標を達成するために- Ver1.1」(2022)
https://www.env.go.jp/content/900440895.pdf, p.8, p.9

*7
CDPジャパン事務局「SBT目標設定に関する解説」(2022)
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/sustainability/management/sustainability_dialog_with_business_partners/20220118_session_03.pdf?la=ja-JP&hash=D854CDC341D3A6822600CC13366473A232240C03, p.15

*8
Science Based Targets「COMPANIES TAKING ACTION」(2022)
https://sciencebasedtargets.org/companies-taking-action#why-is-temperature-alignment-given-for-scope-1-and-2-targets-only-not-scope-3

*9
環境省「中小企業向けSBT・再エネ100%目標設定 成果報告 2019年度 河田フェザー株式会社」(2019)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/jp_chusho/D2019_007_kawada.pdf, p.1, p.4

*10
Green Down Project「Green Down Project」
https://www.gdp.or.jp/

*11
環境省「中小企業向けSBT・再エネ100%目標設定 成果報告 2019年度 株式会社戸田家」(2019)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/jp_chusho/D2019_017_todaya.pdf, p.1, p.2

*12
独立行政法人 中小企業基盤整備機構「日本を支える中小企業」
https://www.smrj.go.jp/recruit/environment.html

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