再生可能エネルギーを運搬・貯蔵する技術「水素キャリア」とは?

脱炭素社会の実現に向けて普及が進む再生可能エネルギーは、自然の力を利用するため、エネルギーを生み出すポテンシャルが地域ごとに異なります。再生可能エネルギーを幅広い地域で活用するためには、貯蔵や運搬が必要です。

しかしながら「電気」という形では、食べ物や飲み物のように簡単に貯蔵、運搬ができません。電気を運ぶにはケーブルを使って送電するか、蓄電池を使って充電と放電を繰り返す必要があります。

最近では、電気を効率よく貯蔵・運搬する手法として、水素やアンモニア、メチルシクロヘキサンなどの化学エネルギーに変換する「グリーンケミストリー」が注目されています。

これらの化学エネルギーをうまく利用すれば、再生可能エネルギーを世界中で取引することも夢ではありません。

今回はグリーンケミストリーの中でも注目の高い、水素キャリアの可能性を紹介します。

 

グリーンケミストリーとは

国立研究開発法人国立環境研究所では、グリーンケミストリーを「化学物質のライフサイクル(原料の選択から、製造および使用・廃棄までの過程)全体において、人体および環境への環境負荷を低減しようとするコンセプトと、そのための技術の総称」と定義しています[*1]。

私たちは様々な化学物質を利用しており、それらのお陰で便利な生活を送っています。しかしながら、化学物質の製造過程や廃棄・処分の過程では、大きな環境負荷が生じています。

これらの環境負荷は1990年代初頭から問題視され「環境汚染物質の排出を未然に防止する」という考え方が広まりました。この考え方がグリーンケミストリーの根本です[*1]。

「グリーンケミストリー」という言葉は、1993年頃のアメリカで使われるようになりました。これ以降、産業界や研究者にも広く認識されるようになり、1998年にアメリカの科学者ポール・アナスタスが以下のような考え方を提唱しました[*1]。

<グリーンケミストリー12か条>

  1. 廃棄物はできるだけ出さない。
  2. 原料をなるべく無駄にしない形で合成を行う。
  3. 人体と環境に害の少ない反応物・生成物にする。
  4. 毒性のなるべく小さい物質をつくる。
  5. 有害な補助剤はなるべく使用しない。
  6. 省エネを心がける。
  7. 原料はなるべく再生可能資源から得る。
  8. 途中の修飾反応(注1)はできるだけ避ける。
  9. 触媒反応を目指す。
  10. 環境中で分解しやすい製品にする。
  11. プロセス計測(注2)を導入する。
  12. 化学工場での事故につながりにくい物質を使用する。

(注1)修飾反応とは、目的化合物を得るために、元となる化合物に必要な構成単位を付加したりする反応のことを指す。修飾反応が多いほど、反応工程が複雑になり、様々な副産物が発生する。

(注2)プロセス計測とは、化学物質の合成反応を「その場(in situ)」で計測し、余分な試薬は使わないようにするという考え方である。

 

この考え方は広く受け入れられており、世界中でグリーンケミストリーに関する研究開発が行われています。

 

再生可能エネルギーを「貯蔵・運搬」できるグリーンケミストリー

グリーンケミストリーは、以下の事例のように様々な側面から取り組みが行われています[*2]。

  • 危険な試薬を用いない反応プロセスの構築
  • 環境負荷の少ない材料を使った製品製造
  • 反応媒体や実験のダウンサイジング
  • 再生可能エネルギーを使った化学物質の製造

その中で注目したいのが、再生可能エネルギーを使った化学物質の製造です。

再生可能エネルギーを使って化学物質を製造することは、CO2の発生量を抑制するには効果的な方法です。その製造された化学物質は、製品の材料としても使うことができますが、再生可能エネルギーを「貯蔵・運搬」する手段としても期待されています。

次世代エネルギーとして期待される水素

水素は使用してもCO2を排出しない次世代のエネルギーとして期待されています。

水素は私たちの身近にある水からも作り出すことができますし、化石燃料やアルコール、下水汚泥、廃プラスチックなど、さまざまな資源から水素を作り出すことが可能です[*3]。

環境分野では、水素は原料や作り方によって3つに分類されています。化石燃料をベースとしてつくられた水素は「グレー水素」、CO2排出量を抑えた方法でつくられた水素は「ブルー水素」、再生可能エネルギーなどを使って、製造工程においてもCO2を排出せずにつくられた水素は、「グリーン水素」と呼ばれます[*4], (図1)。

図1: 水素の種類
出典: 資源エネルギー庁「次世代エネルギー『水素』、そもそもどうやってつくる?」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso_tukurikata.html

グリーン水素であれば環境負荷を少なくしてエネルギーを得られるなら、なぜもっと普及しないのだろうかと思われるかもしれません。

それは水素の特性にあります。

水素は常温常圧では気体で存在するため、貯蔵・運搬するには極低温で液化する、超高圧で圧縮するという工程が必要で、取扱いが難しいという問題があります。

そこで考え出されたのが「水素キャリア」です[*5]。

水素を別の状態や材料に変換して貯蔵・運搬する技術「水素キャリア」

貯蔵や運搬などの取り扱いが難しい水素ですが、メチルシクロヘキサン(MCH)、アンモニア、水素吸蔵合金などの水素を含む物質に変換すれば、効率よく運搬・貯蔵することができます。これらの物質は「水素キャリア」と呼ばれています[*5], (図2)。

図2: 水素キャリア各種の比較
出典: 日経クロステック「水素の貯蔵法は7種類以上、用途に応じて一長一短」(2021)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01513/00001/

それぞれのエネルギーキャリアには以下のような特徴があります。

<水素・液化水素・圧縮水素>

水素は周期表の一番はじめの元素であることからもわかるように、「地球上で最も軽い(密度が低い)」元素です。そのため、気体で貯蔵しようとすると大きな容量のタンクが必要になります。

そのため、一般的には水素を圧縮して高圧ガスとして貯蔵・運搬する方法が取られています[*6], (図3)。しかし、高圧水素には金属に入り込み脆くするという性質があるため、特殊金属を用いる必要があり、コストが高くなるというデメリットがあります[*7]。

その他、-253℃で液化する方法もあります (図3)。液化すると体積が常圧のガス状態に比べて約800分の1となるため、効率よく貯蔵・運搬ができます。しかし、液化するための設備が大掛かりでコストが高くなります[*6]。

図3: 水素の貯蔵・輸送方法
出典: 資源エネルギー庁「水素の製造、輸送・貯蔵について」(2014)
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/suiso_nenryodenchi_wg/pdf/005_02_00.pdf, p.20, p.21

 

<メチルシクロヘキサン(MCH)/トルエン>

メチルシクロヘキサン(MCH)は、トルエンに水素を付加させて作る液体であり、水素ガスと比べると体積当たり500倍以上の水素を含んでいます。そのため効率よく水素を運搬できます[*7, *8], (図4)。さらに、メチルシクロヘキサンは石油に似た性状の液体のため、既存の石油インフラを活用できるというメリットもあります[*8]。

図4: メチルシクロヘキサンをつかった水素の貯蔵・輸送方法
出典: 資源エネルギー庁「水素の製造、輸送・貯蔵について」(2014)
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/suiso_nenryodenchi_wg/pdf/005_02_00.pdf, p.22

2020年には水素を輸送する国際実証試験が開始されました。この試験では、ブルネイで作られたメチルシクロヘキサンを日本に輸入し、日本で水素を分離、さらに分離したトルエンをブルネイへ逆輸送し再利用します[*9], (図5)。

図5: 有機ケミカルハイドライド法による未利用エネルギー由来水素サプライチェーン実証
出典: 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「世界初、水素を輸送する国際実証試験を本格開始」(2021)
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101322.html

 

<アンモニア>

アンモニアを化学式で書くと「NH3」であり、分子構造の中に水素(H)が含まれることがわかります。アンモニアは室温でも容易に液化可能であるため、液化水素に比較しても1.5~2.5倍程度の高い体積水素密度を有しているため効率よく運搬できます[*6], (図6)。

アンモニアを直接、燃料として使うことも検討されており、水素を取り出すために必要となる相当量のエネルギーと熱源が不要になるメリットもあります。

ただし、アンモニアは刺激臭が強い強アルカリ性の物質のため取扱いに注意が必要です[*10]。
図6: アンモニアをつかった水素の貯蔵・輸送方法
出典: 資源エネルギー庁「水素の製造、輸送・貯蔵について」(2014)
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/suiso_nenryodenchi_wg/pdf/005_02_00.pdf, p.24

 

<水素吸蔵合金>

マグネシウム(Mg)、チタン(Ti)、バナジウム(Mg)、ランタン(La)等の元素は、水素と化合して水素化物になることができます。

水素吸蔵合金は、これらを含む2種類以上の金属を混ぜて合金にしたものです。水素吸蔵合金は、圧力や温度を利用して比較的簡単に水素を吸蔵し、水素を放出することができます[*11], (図7)。

水素吸蔵合金に水素を吸蔵させると常圧のまま水素を貯蔵することができますが、合金自体が重く、重量当たりの水素貯蔵量が低いというデメリットがあります[*6]。

図7: 水素吸蔵合金
出典: 資源エネルギー庁「水素の製造、輸送・貯蔵について」(2014)
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/suiso_nenryodenchi_wg/pdf/005_02_00.pdf, p.24

 

<メタン化>

メタン(CH4)は水素とCO2を反応させることで作られます。天然ガスと変わらないため、そのまま都市ガス導管に流すことや、燃料として用いることも可能です。

CO2分離回収の効率向上や、メタン化の効率向上が課題になっています[*6]。

図6: メタンをつかった水素の貯蔵・輸送方法
出典: 資源エネルギー庁「水素の製造、輸送・貯蔵について」(2014)
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/suiso_nenryodenchi_wg/pdf/005_02_00.pdf, p.24

 

グリーンケミストリーが担う再エネ普及 課題はサプライチェーンの構築

再生可能エネルギーの問題点としてあげられるのが季節や天候に左右され、コントロールが困難という点です。また、地域によっても再生可能エネルギーの産出量は異なります[*8], [*12]。

今回ご紹介したようなグリーンケミストリーから生み出されたさまざまな水素キャリアは、再生可能エネルギー普及の重要な手段となるでしょう。

しかし、比較的新しい手法ということもあり、多くの水素キャリアが研究途中であり、ユーザーへの安定的な供給体制は整っていません。今後、水素キャリアを普及させるためにはサプライチェーンの構築が課題となります。

現段階ではコストや効率、環境負荷などすべての面で完璧な方法は存在しません。

一方で、メチルシクロヘキサン(MCH)の国際輸送実験を始めとして、サプライチェーンの構築に向けた取り組みが始まっています。

効率よく運搬・貯蔵することで、再生可能エネルギーが世界中で取引される社会がすぐ近くに来ているのかもしれません。

 

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参照・引用を見る

*1
国立研究開発法人 国立環境研究所「グリーンケミストリー」(2009)
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=77

*2
御園生誠・村橋俊一『最新グリーンケミストリー』講談社, p.9, p.11, p.12, p.13,

*3
資源エネルギー庁「『水素エネルギー』は何がどのようにすごいのか?」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso.html

*4
資源エネルギー庁「次世代エネルギー『水素』、そもそもどうやってつくる?」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso_tukurikata.html

*5
日経ビジネス「水素を『普通のタンクローリー』で運ぶと何が起きるか」(2020)
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/032400120/

*6
資源エネルギー庁「水素の製造、輸送・貯蔵について」(2014)
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/suiso_nenryodenchi_wg/pdf/005_02_00.pdf, p.20, p.21, p.24

*7
ミッシェルジャパン株式会社「水素エネルギーのメリットと水素の貯蔵・輸送方法について」(2021)
https://www.michell-japan.co.jp/blog/blog12_hydrogen-energy/

*8
ENEOS株式会社「水素キャリア製造技術(Direct MCH®)」
https://www.eneos.co.jp/company/rd/intro/low_carbon/dmch.html

*9
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「世界初、水素を輸送する国際実証試験を本格開始」(2021)
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101322.html

*10
特定非営利活動法人 国際環境経済研究所「アンモニア:エネルギーキャリアとしての可能性(その1)」(2017)
https://ieei.or.jp/2017/05/expl170523/

*11
東北大学 工学部 材料科学総合学科「水素吸蔵合金ってなに?」
https://www.material.tohoku.ac.jp/dept/applicants/lecture/lecture11.html

*12
資源エネルギー庁「再エネの主力電源化を実現するために」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/saiene/shuryokudengen.html

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