COP(Conference of the Parties)とは、条約を結んだ国々による会議のことで、日本語では「締約国会議」と訳されます。有名なものとしては1994年に発効した「国連気候変動枠組条約」に基づく締約国会議があり、2022年には第27回締約国会議(COP27)が開催されています[*1]。
COPには、国連気候変動枠組条約以外にも様々な締約国会議が存在します。例えば、2021年と2022年の2回に分けて開催された「国連生物多様性条約」の第15回締約国会議(COP15)では、世界の生態系保全の方策について議論がなされました。
それでは、COP15では具体的にどのようなことが議論されたのでしょうか。また、COP15において決定した目標の達成に向けて、日本ではどのような取り組みが進められているのでしょうか。詳しくご説明します。
生物多様性条約とは
生物多様性は人々に様々な恵みをもたらすものですが、生物には国境がないため、生物多様性を保存するためには世界全体で取り組むことが不可欠です。そこで、1992年5月に国連で「生物多様性条約」が採択されました[*2]。
本条約では、生物多様性の保全に向けて、先進国から途上国の取り組みを支援する資金援助や技術協力の仕組みが規定されています。また、生物多様性に関する情報交換や調査研究を各国が協力して行うことになっています。
日本は、1993年5月に本条約を締結しました。2023年4月現在、194か国、EU及びパレスチナが締結しており、多くの国や地域が生物多様性条約の枠組みに参加しています[*3]。
生物多様性条約におけるCOP
冒頭でも紹介したように、生物多様性条約においても採択以降、世界の生態系保全に向けた方策を議論する締約国会議(COP)が約1~2年ごとに開催されています[*3]。
これまで既に15回開催されており、2002年のCOP6以降、生物多様性の損失速度を顕著に減少させるという「2010年目標」が掲げられましたが、結果として、世界レベルで達成された項目はないという報告に終わりました[*4]。
そこで、2010年10月に愛知県名古屋市で開催されたCOP10では、2020年までに生物多様性の損失を止めるための目標として「愛知目標」が採択されました[*5], (図1)。
図1: 「愛知目標」の全体像
出典: 一般社団法人 CEPAジャパン「愛知目標とは」
http://cepajapan.org/biodiversity2020/aichi_target
「愛知目標」は、5つの戦略目標と20の個別目標から構成されます。例えば、世界の保護地区の陸域の割合を2009年時点の13%から17%、海域の割合を1%未満から10%に拡大することや、生物の生息地が失われる速度を半減させることなどが盛り込まれました[*4, *5]。
新たな世界目標を設定したCOP15
「愛知目標」の見直し
2020年9月に公表された「地球規模生物多様性概況」では、「愛知目標」の20の個別目標には進捗があったものの、完全に達成されたものはないと報告されています[*6], (図2)。
図2: COP10からCOP15までの沿革
出典: 環境省「生物多様性に係る主な動きについて(COP15、30by30、国家戦略など)」
https://www.env.go.jp/council/content/i_02/000070204.pdf, p.6
そこで、COP15では、科学的評価・達成状況も踏まえて「愛知目標」を見直し、新たな世界目標を検討することが求められました。具体的には、世界の30%の地域を保全する「30by30」案や、途上国への資金支援に関する事項です。
「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の採択
以上のような経緯を踏まえて開催されたCOP15は、新型コロナウイルス感染症の影響により、2021年10月の第一部(中国の昆明)と、2022年12月の第二部(カナダのモントリオール)に分けて実施されました[*3]。
153の締約国・地域のほか、関連機関や市民団体等が参加し、「愛知目標」の後継となる「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました[*7]。この新目標は、2050年ビジョンや2030年ミッション、2050年グローバルゴール、2030年グローバルターゲット、その他関連要素から構成されています[*8], (図3)。
図3: 昆明・モントリオール生物多様性枠組の構造
出典: 環境省「昆明・モントリオール生物多様性枠組」
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/gbf/kmgbf.html
2050年ビジョンは「愛知目標」と共通ですが、その他の項目については、新たな内容が盛り込まれました。
例えば、新目標の主要素となる「30by30」は、「愛知目標」における個別目標をさらに発展させたものです[*9, *10]。
日本は2021年時点で陸域20.5%、海域13.3%が保護地域として保全されており、「愛知目標」における陸域17%、海域10%まで保護地域を拡大するという数値目標を達成しています。
しかしながら、生物多様性の保全には、陸域・海域の30%以上を保全することが重要であると、国内外の研究で報告されています。例えば、世界の陸生哺乳類種の多くを守るためには、保護地域を33.8%まで拡大することが必要です。
また、日本においては、保護地域を30%まで効果的に拡大することで、生物の絶滅リスクが3割減少すると見込まれています[*9]。
そのほか、同枠組では、侵略的外来種の導入率及び定着率の50%以上削減や、プラスチック汚染の防止・削減など様々な要素が組み込まれています[*8]。
途上国による取り組み支援に向けた基金
途上国による生物多様性の保全活動を促進するためには、先進国からの資金援助等が効果的です。そこでCOP15では、「グローバル生物多様性枠組基金」を2023年に設置するよう、「地球環境ファシリティ」に求める決定が採択されました[*7]。
「地球環境ファシリティ」とは、生物多様性条約や気候変動枠組条約など5つの環境関連条約の資金メカニズムとして世界銀行に設置されている信託基金のことです。途上国が環境問題に対応したプロジェクトを実施時の費用に対して資金が提供されるもので、COP15では、同信託基金内での特別信託基金「グローバル生物多様性枠組基金」設立に向けた合意がなされました[*11, *12]。
遺伝資源に関するデジタル配列情報(DSI)に関する決定
生物多様性条約において、動植物等の生物資源のことを遺伝資源と呼んでいますが、それらを利用する場合、事前に提供国と契約を結び、利用によって生じる利益を配分することが求められています[*13]。
この仕組みは「遺伝資源へのアクセス(Access)と利益配分(Benefit Sharing)」の頭文字からABSと呼ばれており、生物多様性の保全に必要な資金を確保する手段の一つとなっています[*13], (図4)。
図4: ABSの仕組み
出典: 独立行政法人 経済産業研究所「遺伝資源とデジタル配列情報」
https://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0603.html
ABSの仕組みについては、その実効性を上げるための規定が2010年のCOP10に採択された名古屋議定書において定められました。しかしながら近年、遺伝資源がその物のゲノム解析から得られた塩基配列データ等の「遺伝資源に関するデジタル配列情報(Digital Sequence Information:DSI)」まで含まれるのか議論になっています。
DSIから得られた利益についても配分すべきとする途上国と、そもそも生物多様性条約の枠内の議論とするのか検討すべきとする先進国では大きな隔たりがあるなかで、COP15では、今後公開作業部会を設置してCOP16に向けて検討していくことで決着しました[*12]。
「昆明・モントリオール生物多様性枠組」達成に向けた日本の取り組み
COP15において日本は、国内の生物多様性保全の取り組みを発信するとともに、「30by30目標」の重要性等について強調しました。具体的には、途上国支援の実施開始などの取り組みの発信、2023年から2025年にかけて国際支援として1,170億円を拠出することを表明しました[*14], (図5)。
図5: COP15における日本の取り組み
出典: 環境省「生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)第二部の結果概要」
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/1_cop15.pdf, p.11
また、COP15における決定等を受けて、政府は様々な取り組みを検討・実施しています[*6], (図6)。
図6: 生物多様性保全に向けた日本の取り組み
出典: 環境省「生物多様性に係る主な動きについて(COP15、30by30、国家戦略など)」
https://www.env.go.jp/council/content/i_02/000070204.pdf, p.9
「30by30目標」の達成にあたっては、国立公園等の保護地域に加えて、OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)を設定することが重要です。
保護地域とは、自然環境保全法及び都道府県条令に基づき、自然環境の保全や生物多様性の確保のために指定された地域のことです。一方で、OECMは、保護地域以外の生物多様性保全に資する地域を指します[*6, *15]。
生物多様性の保全には、保護地域以外の地域をOECMとして設定し、保護していくことが求められています。なぜなら、生物は保護地域内のみに生息しているわけではなく、保護地域外にも多く生息しているためです[*16]。
政府は2023年から、民間等の取り組みによって生物多様性保全が図られている区域を「自然共生サイト」として認定する制度の本格運用を開始しました[*6, *17], (図7)。
図7: 「自然共生サイト」の概要
出典: 環境省「生物多様性に係る主な動きについて(COP15、30by30、国家戦略など)」
https://www.env.go.jp/council/content/i_02/000070204.pdf, p.9
自然共生サイトとは、保護地域とOECMを包括した地域のことです。2022年度には認定制度を試行的に開始しており、既に56サイトが認定相当と判断されています。また、政府は2023年中に100サイト以上の設定を目指すとしており、OECMの拡大が期待されています[*17]。
2030年目標達成に向けた今後の課題と展望
生物多様性の保全に向けて新たな世界目標が策定された一方で、達成に向けては懸念があります。具体的には、世界目標には強制力がないため、各国がどこまで実行に移せるかという点です。2020年までの「愛知目標」にも強制力がなかったため、先述したように20の個別目標のうち完全に達成できたものはありませんでした[*18]。
そこで、COP15で決定した新枠組では、取り組みを後押しするため、各国の国家目標と世界目標の整合性を報告・モニタリングする制度が強化される形となりました[*19]。
民間部門による活動や提言も活発化しています。例えば、Business for NatureやFinance for Biodiversityは自然関連情報の開示義務化を提唱しました。
Business for Natureとは、世界自然保護基金や世界経済フォーラム等13機関によって立ち上げられた自然保護に関するビジネス界の提言を各国政府に伝える団体です。また、Finance for Biodiversityは、ファイナンスを通じた生物多様性の保護・回復に資するため、生態系の2020年9月に世界の26金融機関が開始したイニシアチブです[*20]。
特にBusiness for Natureは、COP15の開催に先駆け、情報開示の義務化実現キャンペーンを展開し、各国での法的規制により開示義務を強化することを主張しました[*19]。
同じ過ちを繰り返さないように、世界目標に沿った各国の実施を注視していく必要があるといえるでしょう。
参照・引用を見る
*1
資源エネルギー庁「あらためて振り返る、『COP26』(前編)~『COP』ってそもそもどんな会議?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/cop26_01.html
*2
環境省「生物多様性条約」
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/about_treaty.html
*3
外務省「生物多様性条約」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/bio.html
*4
公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン「生物多様性条約とは」
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/3516.html
*5
一般社団法人 CEPAジャパン「愛知目標とは」
http://cepajapan.org/biodiversity2020/aichi_target
*6
環境省「生物多様性に係る主な動きについて(COP15、30by30、国家戦略など)」
https://www.env.go.jp/council/content/i_02/000070204.pdf, p.6, p.9
*7
外務省「生物多様性条約第15回締約国会議第二部等の結果概要」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ge/page22_003988.html
*8
環境省「昆明・モントリオール生物多様性枠組」
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/gbf/kmgbf.html
*9
環境省「30by30目標が目指すもの」
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/documents/flyer30by30.pdf, p.1
*10
環境省「30by30」
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/
*11
外務省「地球環境ファシリティ」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/kikan/gbl_env.html
*12
OECC 事務局「生物多様性条約 COP15 第2部結果概要」
https://www.oecc.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/02/OECC_No97_06.pdf, p.8, p.9
*13
独立行政法人 経済産業研究所「遺伝資源とデジタル配列情報」
https://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0603.html
*14
環境省「生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)第二部の結果概要」
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/1_cop15.pdf, p.11
*15
環境省「自然環境保全地域」
https://www.env.go.jp/nature/hozen/index.html
*16
国立研究開発法人 国立環境研究所「OECMs-保護区ともう一つの保全地域-」
https://www.nies.go.jp/kanko/news/39/39-5/39-5-04.html
*17
環境省「資料1 OECMの設定・管理に関するこれまでの成果について」
https://www.env.go.jp/content/000147427.pdf, p.6, p.10
*18
NHK「『COP15』 2030年までに各国が取り組む23項目の目標を採択」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221220/k10013928031000.html
*19
公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン「COP15閉幕 新たな生物多様性国際目標が決定 今後、世界と日本に求められることは?」
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/5223.html
*20
環境省 自然環境局自然環境計画課 生物多様性主流化室「生物多様性に関する民間レベルの国際枠組について」
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/private_participation/kokusai/wakugumi.pdf, p.3, p.11