ここ数年、異常気象が続いていると感じている方は多いことでしょう。その要因のひとつになっているのが「ラニーニャ現象」です。
ラニーニャ現象とは、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より低い状態が続くことです。
日本を含め世界中の異常気象を招くものです。近年では、2020年の夏に発生したラニーニャ現象が2022年から2023年にかけての冬まで続き、北日本で平均より低温になりました。三冬続きのラニーニャ現象は、気象庁の定義では、統計のある1950年以後で初めてのことです[*1, *2]。
ラニーニャ現象がどのように気象に影響を及ぼすのか、そのメカニズムについてご紹介します。
ラニーニャ現象とは
ラニーニャ現象は数年おきに発生しています[*3]。
そして、ラニーニャ現象が発生しているとき、地球の海面温度の分布を平年に比べると下のようになっています(図1)。
図1: 1988~1989年に発生したラニーニャ現象時の太平洋の海面水温
出典: 気象庁「エルニーニョ/ラニーニャ現象とは」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html
これは、1988年春に発生し1989年春に終息したラニーニャ現象が最盛期だった1988年12月の海面水温を平年と比べたものです。日付変更線(経度180度)の東から南米沿岸にかけての赤道沿いで青の色が濃く、太平洋の赤道域の海面水温が平年より低くなっていることがわかります。
ラニーニャ現象は気象にどう影響する?
では、この海面水温の低下が、どのように気象に影響を及ぼすのか見ていきましょう。
まず平常時の赤道域の断面を示したのが下の図です(図2)。
図2: 平常時の太平洋の状態
出典: 気象庁「エルニーニョ/ラニーニャ現象とは」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html
太平洋の熱帯域では、貿易風と呼ばれる東風がつねに吹いています。そのため、海面付近の暖かい空気が太平洋上で、西に向かって吹き寄せられます。
そして西部のインドネシア近海では海面下数百メートルまでの表層に暖かい海水が蓄積し、一方で東部の南米沖ではこの東風と地球の自転の効果によって深いところから冷たい海水が海面近くに湧き上がっています。
このため、海面水温の高い太平洋西部では、海面からの蒸発が盛んになり、雨が降りやすくなります。
一方で、ラニーニャ現象が発生している時は上空を吹いている東風が通常時よりも強くなっています。よって、赤道域の海水温は下のように変化します(図3)。
図3: ラニーニャ現象発生時の太平洋の状態
出典: 気象庁「エルニーニョ/ラニーニャ現象とは」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html
東風が平常時よりも強くなることで、西部に暖かい海水がより厚く蓄積する一方、東部では冷たい水の湧き上がりが平常時より強くなります。
すると、赤道域の中部から東部では、海面水温が平常時よりも低くなります。
その結果、西部のインドネシア近海の海上では、ますます盛んな積乱雲が発生することになります。こうして、平常にはない強い雨をもたらすのです。
ラニーニャ現象がもたらす被害
ラニーニャ現象が気候への影響をもたらすのは、赤道域だけではありません。
大気の大流活動は広い地域で活発になり、また、太平洋高気圧の張り出しにも影響します(図4)。
図4: ラニーニャ現象の影響
出典: 気象庁「日本の天候に影響を及ぼすメカニズム」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino3.html
そしてアフリカ東部や南米、オーストララシア(オーストラリアとその周辺地域)近辺にも長期の干ばつや大雨の影響をもたらしています[*4]。
過去にラニーニャ現象が強かった時には、以下のような被害や異常気象が発生しています。
2007年にはアフリカ諸国にラニーニャ現象の影響と考えられる激しい豪雨と洪水を引き起こし300人近くが犠牲になりました[*5]。
また、2011年のインドでは寒波による死者が路上生活者を中心に約100人に上ったと報じられたほか、同じラニーニャ現象によりその前年には、モスクワで8月に最高気温37度(平年は約22度)を記録するなどロシア西部は異常高温に見舞われました[*6]。
最近では2022年に、アルゼンチンで国内の農業に適した地域、3,300万~3,400万ヘクタールのうち、75%が降雨不足による干害に見舞われたほか、畜産や林業に適した地域を含めると全国の約1億2,600万ヘクタールが水不足の状況になりました[*7]。
これにより、小麦の生産量は前の年に比べて28%減少する見込みだと現地の農業庁などが発表しています[*8]。
雨の量だけでなく、異常な気温の変化も招いていることがわかります。
特に海外での農業への影響は、食糧自給率の低い日本にとっては他人事ではありません。
ラニーニャ現象が起きているときの日本の気候
では、ラニーニャ現象が発生している時、日本ではどのような天候の変化が起きているのでしょうか。
季節ごとにみていきましょう。
日本の四季への影響
まず、春(3〜5月)の傾向です(図5)。
図5: ラニーニャ現象の日本の春への影響(1948~2021年)
出典: 気象庁「ラニーニャ現象発生時の日本の天候の特徴」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/tenkou/nihon2.html
(日)は日本海側、(太)は太平洋側を示しています。
全国的な傾向を見ると、ラニーニャ現象が発生しているときの平均気温は高くなっています。日照時間は東日本の太平洋側を中心に短くなり、また、降水量は東日本の太平洋側を中心に多くなっています。
そして、夏にはこのような変化が起きています(図6)。
図6: ラニーニャ現象の日本の夏への影響
出典: 気象庁「ラニーニャ現象発生時の日本の天候の特徴」(1948~2021年)
https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/tenkou/nihon2.html
北日本での変化が顕著です。夏の平均気温、太平洋側では日照時間が長くなっています。
そして秋には北日本の日本海側で降水量が多くなり、冬には東日本の太平洋側で日照時間が長くなるといった傾向も見られるほか、冬には逆に気温が下がりがちになっています[*9]。
農作物への影響
こうした機構の変化は農業にも影響を与えます。
一般的に夏の高温は、稲の場合、デンプン質の蓄積が不良になる白未熟粒などが発生しやすくなるほか、葉物野菜の場合はしおれたり焼けたりするなどの被害が出ます[*10]。
また、暑さが続いた2023年の夏には、千葉県でブルーベリーの実がしぼむといった被害も出ています[*11]。
エルニーニョ現象との相乗効果も
また、ラニーニャ現象が「エルニーニョ現象」と相まって、異常気象を長引かせることもあります。
エルニーニョ現象とはラニーニャ現象とは逆で、 貿易風という東風が平年より弱くなることで発生します(図7)。
図7: エルニーニョとラニーニャのメカニズムの違い
出典: 気象庁「エルニーニョ/ラニーニャ現象とは」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html
ラニーニャ現象とは対照的に、東風が弱まることで、東部での冷水の湧き上がりが減ります。同時に西部に溜まっていた暖かい海水が東方へ広がることで、積乱雲が発生する場所が平時より東側に移ります。
47年ぶりの連続発生
しかし2023年の夏の日本では、上に見たように日本に気温上昇をもたらしやすいラニーニャ現象の影響を残したまま、エルニーニョ現象の影響も受けるという異例の事態が起きると予想されてきました[*12]。
ラニーニャ現象、エルニーニョ現象に共通しているのは、上の図の通り日本近海では積乱雲が発生しやすく雨が降りやすくなるということです。
このようにエルニーニョ現象とラニーニャ現象が相次いで発生するのは47年ぶりだということで、気象庁も高温への備えを呼びかけています[*13]。
かつ、今回のエルニーニョは「スーパーエルニーニョ」とも呼ばれ、10年に一度ほどの発達ぶりで前代未聞の状態になっており、2023年の世界は観測史上最も高温となる可能性が高く、また、夏から冬にかけても連鎖的に異常気象が起こる可能性があります[*14]。
地球温暖化とラニーニャ現象・エルニーニョ現象
では、地球温暖化とラニーニャ現象・エルニーニョ現象の間に関係はあるのでしょうか。
2015年には、オーストラリアの気象学者らの国際研究チームが多数の気象を解析したところ、「温室効果ガスが今のまま増え続ければ、極端なエルニーニョ/ラニーニャ現象はおよそ10年に一度のペース、つまり現在の2倍の頻度で起きる」という研究結果を報告しています[*15]。
また、ラニーニャ現象は大西洋東部では、冷たい海水が湧き上がってくることで気温上昇を抑える働きを持っているともいえます。
しかし、温暖化が急速に進んでいることを受けて、「ラニーニャ現象による、自然の一時的なブレーキ効果が弱まるでしょう。しかし温室効果ガスの排出を実質ゼロにする政策が実施されるまで、来年そして将来にわたって、温暖化を勢いづけるアクセルが全開になり、より激しい雨や乾燥、極端な暑さが生じることになります」と指摘する科学者もいます[*16]。
海水の循環という地球全体を巻き込む大きな現象にも、地球温暖化は影響を与えつつあるのです。
参照・引用を見る
*1
前田修平「ほぼ三年続きのラニーニャ現象とその影響」(2022)公益社団法人日本気象学会
https://www.metsoc.jp/default/wp-content/uploads/2023/03/1_maeda.pdf
*2
気象庁「2022/2023年冬の天候の特徴と大気循環場の特徴」
https://www.data.jma.go.jp/extreme/kaigi/2023/0302/r04_2nd_gidai2_202303.pdf, p3
*3
気象庁「エルニーニョ/ラニーニャ現象とは」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html
*4
EICネット「世界気象機関、ラニーニャ現象は2023年に終息、前半のENSO中立を経てエルニーニョ現象発生の可能性が高まるとの見通しを発表」(2022)
https://www.eic.or.jp/news/?act=view&serial=49000
*5
AFPBBNews「ラニーニャ現象による激しい豪雨と洪水、アフリカ諸国で被害拡大」(2007)
https://www.afpbb.com/articles/-/2287150
*6
日本経済新聞「豪雨、大雪に低温… ラニーニャが世界で猛威」(2011)
https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1700O_X10C11A1CR0001/
*7
JETRO「3年連続ラニーニャ現象で干ばつが深刻化、穀物生産への打撃も」(2022)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/09/57959e14779cb344.html
*8
JETRO「3年連続ラニーニャ現象で干ばつが深刻化、穀物生産への打撃も」(2022)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/09/57959e14779cb344.html
*9
気象庁「ラニーニャ現象発生時の日本の天候の特徴」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/tenkou/nihon2.html
*10
群馬県庁「高温に対する農作物への影響と技術対策」(2023)
https://www.pref.gunma.jp/page/218942.html
*11
NHK「異常な“暑さ” 原因と見通し 温暖化との関係 農業への影響は」(2023)
https://www.nhk.or.jp/shutoken/chiba/article/014/94/
*12
ABCニュース「“前代未聞”のラニーニャ&スーパーエルニーニョで危険な夏に!? 猛暑&大雨増加の異常気象とパワーアップ台風接近も?近畿も警戒を」(2023)
https://news.yahoo.co.jp/articles/22657d5a13a0c17289ec471cee76a4768253826d?page=1
*13
読売新聞オンライン「ラニーニャとエルニーニョ、47年ぶりに相次ぎ発生し秋まで高温か…3か月予報」(2023)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20230620-OYT1T50175/
*14
ABCニュース「“前代未聞”のラニーニャ&スーパーエルニーニョで危険な夏に!? 猛暑&大雨増加の異常気象とパワーアップ台風接近も?近畿も警戒を」(2023)
https://news.yahoo.co.jp/articles/22657d5a13a0c17289ec471cee76a4768253826d?page=1
*15
ナショナル・ジオグラフィック「温暖化で極端なエルニーニョ/ラニーニャ倍増」(2005)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20150128/433453/
*16
BBCニュース「2023年は今年よりも暖かい年に=英気象庁予測」(2022)
https://www.bbc.com/japanese/64035813