気候変動対策を重点に置くバイデン政権―就任からこれまででどのような政策がとられた?

トランプ前政権で離脱したパリ協定への復帰や、前政権が施行した環境関連の規制の見直しなど、気候変動対策を重視するアメリカのバイデン大統領[*1]。

世界の温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロにするというパリ協定の目標達成に向けて、オバマ政権時代の環境政策を加速させています。

就任からこれまで、どのような気候変動政策が進められてきたのでしょうか。詳しくご説明します。

 

バイデン政権以前のアメリカにおける気候変動政策

アメリカの気候変動対策はこれまで、政権によって大きく変化してきました。

2015年に開催された地球温暖化対策をめぐる国連の会議「COP21」において、オバマ元大統領は多国間の交渉をリードし、その結果、パリ協定が採択されました[*2]。

パリ協定では、世界の温室効果ガスの排出量を2050年以降、今世紀後半に実質的にゼロにすることが目標に掲げられ、各国が削減目標を設定して対策を講じることを義務付けています。

しかしながら、オバマ元大統領の次に就任したトランプ前大統領は、地球温暖化について否定的な立場をとり、2017年6月にパリ協定から離脱を発表しました。

また、トランプ政権下では、国内の雇用創出のため、天然ガスや石炭などの規制撤廃が進められました。例えば、2017年には、水源保護を目的とした石炭採掘規制を取り消す法案を議会が可決し、大統領も署名しています[*3]。

同規制は元々、オバマ政権下の2016年12月に制定されたものでしたが、石炭産業における雇用創出を目的としてトランプ政権下では取り消されました。

以上のような規制取り消し等もあり、それまで減少傾向にあったアメリカ国内におけるCO2排出量は、2018年には前年比で3.4%増加しました[*4], (図1)。

図1: アメリカにおけるCO2排出量の前年度比の推移
出典: Rhodium Group, LLC「Preliminary US Emissions Estimates for 2018」
https://rhg.com/research/preliminary-us-emissions-estimates-for-2018/

 

バイデン政権が進める気候変動政策

エネルギー起源CO2排出量が中国に次いで世界第二位と、アメリカは世界各国と比べてCO2を大量に排出しています。パリ協定における目標達成に向けては、アメリカによる気候変動対策が不可欠です[*5]。

バイデン大統領は、2021年1月20日、大統領に就任し、就任初日から取り組む優先政策課題の1つとして気候変動を挙げました[*1], (図2)。

図2: バイデン政権における気候変動政策
出典: 独立行政法人 日本貿易振興機構「バイデン政権発足で変革する気候変動政策(米国)」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2021/7df152db3b14d572.html

具体的には、排出ガスの規制強化や気候変動対策関連のインフラへの投資促進、気候に関するイノベーション促進等を掲げています。

パリ協定への復帰及び外交政策の実施

就任以降、バイデン大統領は気候変動対策に関する外交政策を積極的に展開しています。

例えば、先述したように、バイデン大統領は就任初日にパリ協定への復帰を表明し、2021年2月19日には正式に復帰しました[*6]。

4月には気候変動リーダーズサミットを主催し、新たな温室効果ガス排出量削減目標を発表しました。中間目標として、これまで2025年に2005年比で26~28%削減するとしていた目標を、2030年までに50~52%削減と引き上げています[*7]。

また、バイデン大統領は、先進国が開発途上国の支援に投資していくことの重要性を訴えており、インドやUAEなど各国とのパートナシップ締結を進めています[*7], (表1)。

表1: アメリカが締結した主なパートナーシップ・イニシアチブ

出典: 独立行政法人 日本貿易振興機構「気候サミットを振り返り、新排出量削減目標を点検する(米国)」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2021/0401/9ac24934b1ca2265.html

さらに、2022年に開催されたCOP27においてバイデン大統領は、気候変動対策支援としてアフリカ諸国に1億5,000万ドルを拠出すると表明しました。その他、2030年までにメタン排出量を2020年と比較して30%削減する目標を掲げた「グローバル・メタン・プレッジ」について、各国にさらなる取り組みを呼び掛けるなど、対外的な政策を大きく展開しています[*8, *9]。

インフレ抑制法(IRA)の制定

バイデン大統領は、外交のみならず、国内における気候変動対策も積極的に進めています。

温室効果ガス排出量を2030年までに対2005年比で50%削減するためには、2019年の純排出量から約43%削減する必要があります[*7], (図3)。

図3: アメリカにおける温室効果ガスの純排出量の推移と目標削減量
出典: 独立行政法人 日本貿易振興機構「気候サミットを振り返り、新排出量削減目標を点検する(米国)」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2021/0401/9ac24934b1ca2265.html

アメリカ国内における温室効果ガスの排出源を経済分野別に見ると、輸送部門が29.0%と最も高く、発電部門が25.0%、工業部門が23.0%と続きます[*7], (図4)。

図4: 経済分野別GHG排出割合(2019年)
出典: 独立行政法人 日本貿易振興機構「気候サミットを振り返り、新排出量削減目標を点検する(米国)」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2021/0401/9ac24934b1ca2265.html

目標達成に向けて、民間企業等による取り組みを促すことが不可欠です。バイデン政権では2022年8月に、インフレ抑制法案が成立しました[*10]。

インフレ抑制法は、財政赤字を減らしたうえで、それを原資として気候変動分野の税控除や補助金などに予算を充てる経済対策です。前例のない規模であるため、アメリカ初の本格的な気候変動立法と捉えられています。

具体的な施策としては、工場における大気汚染削減のための設備導入に対する税額控除や、家庭での太陽光発電設備の設置に対する税額控除(購入額の30%まで)などです[*11]。

また、電気自動車(EV)の購入に伴う税額控除も実施しています。本施策によって、EVの中古車及び新車を購入した場合、購入者はそれぞれ最大4,000ドルと7,500ドルの税額控除を受けられるようになりました。

発効から1年が経過した2023年8月、バイデン大統領は、同法の成果を次のように発表しました[*12]。

まず、EVや太陽光発電を含め、民間部門が1,100億ドル以上のクリーンエネルギー関連投資計画を発表しました。また、クリーンエネルギーや気候変動対策関連の投資によって、17万人以上の雇用が創出されました。

さらに、各種税額控除に関する施策も続々と導入されています。例えば、家庭向けの税額控除として、効率性の高い冷暖房用電気ヒートポンプの設置に最大2,000ドル、住宅のエネルギー効率改善に対する取り組みに年間最大1,200ドルが控除される制度が導入されました。

以上のように、同法を通じた民間や家計部門における気候変動対策が進んでいます。

クリーンエネルギー分野のインフラへの投資促進

選挙公約では、クリーンエネルギーのインフラなどに4年間で2兆ドルを投資して、数百万の雇用を創出すると宣言していたバイデン大統領。就任後は、公約に基づき政府主導のインフラ投資を積極的に実施しています[*1]。

例えば、2021年11月には、1兆ドル規模のインフラ投資法案を成立させました。同法は、道路や橋の改修に1,100億ドル、公共交通機関の刷新に390億ドル、EVの充電設備の設置に75億ドル等を投じる法律です[*13]。

2022年2月には、そのEV充電設備の設置に向けた75億ドルの予算のうち、50億ドル分にあたる「EV充電プログラム」に関するガイダンスを発表しました。EV充電プログラムとは、全米のEV充電器のネットワークを拡充するため、州政府を対象に支給する助成制度のことです[*15]。

2022年2月14日時点のアメリカ国内における直流急速充電ポートの数は、2万2,278口です。しかしながら、2030年に2,200万台のEVが走行するという前提の下では、10万口以上の直流急速充電ポートが必要と試算されています。

そのため、EVのさらなる普及に向けて、本助成制度が注目を集めています。

 

アメリカにおける気候変動対策の今後の展望

以上のように、気候変動対策に重点を置くバイデン政権。施策の積極的な実施によって2018年以降、国内における太陽電池モジュールの出荷量が増加するなど、再生可能エネルギー需要が高まっています[*16], (図5)。

図5: アメリカにおける太陽電池モジュールの出荷量および平均単価の推移
出典: 独立行政法人 日本貿易振興機構「再エネ推進を追い風に導入加速」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2023/9c20058015c7db8c.html

また、電源構成全体に占める再生可能エネルギーの比率は、2021年は20.9%でしたが、2050年までに43.8%と、今後も再生可能エネルギー需要は増加する見込みです。

一方で現在、太陽光発電製品のサプライチェーンの多くは中国に集中しています。人権保護等を目的として中国からの輸入制限措置等を実施するなかで、国内で高まる再生可能エネルギー導入の需要を満たせるかどうかが懸念されています。

そこで、2022年6月にバイデン政権は、1950年国防生産法を太陽光発電などクリーンエネルギー分野に適用しました。同法では、連邦政府機関が国内で生産された太陽光発電製品を優先的に調達することで、国内生産の増強を目指しています[*17]。

さらなる気候変動対策の推進に向けて、バイデン政権がどのような判断を下すのか、今後もそのかじ取りが注目されていると言えるでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1
独立行政法人 日本貿易振興機構「バイデン政権発足で変革する気候変動政策(米国)」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2021/7df152db3b14d572.html

*2
NHK「米トランプ政権 『パリ協定』離脱を正式通告 大統領選の争点に」
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/25378.html

*3
独立行政法人 日本貿易振興機構「環境エネルギー分野で進む規制緩和」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2018/01/e4759d6293ff1ebd.html

*4
Rhodium Group, LLC「Preliminary US Emissions Estimates for 2018」
https://rhg.com/research/preliminary-us-emissions-estimates-for-2018/

*5
環境省「世界のエネルギー起源CO2排出量(2020年)」
https://www.env.go.jp/content/000098246.pdf, p.1

*6
独立行政法人 日本貿易振興機構「米国がパリ協定に正式復帰、4月に気候変動サミットを主催」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/02/d9f0b261a8e18d11.html

*7
独立行政法人 日本貿易振興機構「気候サミットを振り返り、新排出量削減目標を点検する(米国)」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2021/0401/9ac24934b1ca2265.html

*8
独立行政法人 日本貿易振興機構「バイデン米大統領、COP27で演説、アフリカ諸国の気候変動対策支援に1.5億ドル拠出表明」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/11/80a8fd1b4b6b21a9.html

*9
REUTERS「米・EU主導のメタン削減計画が発足 100カ国以上が参加」
https://jp.reuters.com/article/climate-un-methane-idJPKBN2HN206

*10
株式会社日経BP「米国インフレ抑制法、3690億ドルを気候変動に投資」
https://project.nikkeibp.co.jp/ESG/atcl/column/00005/081900249/

*11
独立行政法人 日本貿易振興機構「インフレ削減法は、気候変動対策に軸足(米国)」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2022/2faeb20d767ea136.html

*12
独立行政法人 日本貿易振興機構「米インフレ削減法発効1周年でバイデン大統領が声明、経費節減効果を強調して中間層に訴求」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/08/d6051e7cefa14080.html

*13
株式会社日本経済新聞社「米インフラ投資法成立、バイデン氏『21世紀競争に勝利』」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN15D7S0V11C21A1000000/

*14
独立行政法人 日本貿易振興機構「バイデン米政権、インフラ投資雇用法に基づく橋の改修計画発表」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/01/63b28b5011a2ebd7.html

*15
独立行政法人 日本貿易振興機構「バイデン米政権、EV充電ネットワーク計画の詳細を発表」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/02/ae5629bbe65f1a75.html

*16
独立行政法人 日本貿易振興機構「再エネ推進を追い風に導入加速」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2023/9c20058015c7db8c.html

*17
独立行政法人 日本貿易振興機構「中国製品に対する輸入規制が向かい風に」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2023/f21b8789fbc9baa0.html

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