気候変動への新たな取り組み「気候クラブ」の目指す未来

「気候クラブ」という組織は、パリ協定の実行を後押しするための枠組みです。

パリ協定では、2050年までに世界共通の長期目標として平均気温上昇を産業革命以前に比べ2℃より十分低く保つことを目標とし、1.5℃に抑えることを努力目標としています。

しかし、G7の声明では、パリ協定の目標を達成するには現在の対策では十分ではないとの指摘があります。気候クラブでは産業分野に焦点を当てて温暖化対策への関心を高め、かつ気候変動抑制のための活動を加速させることを目指しています。

具体的に、気候クラブはどのようにしてパリ協定の実行に役立つのでしょうか。日本に求められる対応とあわせて紹介します。

 

気候クラブとは

地球温暖化や気候変動を巡る組織や会議は、複数存在しています。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)や国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)の名前は、耳にしたことがあるのではないでしょうか[*1, *2]。

しかし、気候クラブは、それらとまた役割の違う新しい組織です。気候クラブは元々、ノーベル経済学賞を受賞したウィリアム・ノードハウスが、2015年にその構想を提唱していました。

その後、ドイツのショルツ首相が財務相時代の2021年から発足を呼びかけていたものです。

そして、2022年にドイツで開催されたG7首脳会議(サミット)において、議長国ドイツの提唱により、同年末までに正式に発足しました[*3, *4], (図1)

図1: ドイツのショルツ首相
出典:一般社団法人環境金融研究機構「⽇本政府は『気候クラブ』形成にどう関与するか。ドイツのG7サミットから今後の気候政策とエネルギー転換を展望する」(2022)
https://rief-jp.org/blog/126519

気候クラブは以下の3つの柱で構成されます[*5]。

  1.  透明性があり先進的な気候対策を進めることで、各経済の排出削減の目標を実現する。この目的のもと、気候クラブのメンバーたちは、炭素価格や他の排出削減手段、炭素の集約率など、気候変動への取り組みを評価・比較する方法についての共有認識を深めるよう取り組む。
  2.  産業の脱炭素化の方向性、水素関連の取り組み、環境に優しい製品の市場展開などを重視し、脱炭素化の推進に向けた産業の革命を共同で進める。
  3.  国際的な連携と共同作業を強化し、気候変動への取り組みを推進する。開発途上国の気候対策のレベルに合わせて、資金や技術のサポート、技術移転開発等を含めたエネルギー・産業部門の炭素排出を減少させるための援助を行うことで、公平なエネルギーの移行を支援する。

気候クラブには、G7(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国)に加え、インドネシア、オーストラリアなどが加盟を表明しています[*6, *7, *8]。

産業分野でのCO2排出

気候クラブは、産業分野に焦点を当てています。

CO2は様々な分野から排出されており、2018年時点で最も排出量が多いのがエネルギー分野、次いで農業で、産業分野は3番目にCO2を排出している分野です[*9], (図2)。

図2: 分野別CO2排出量
出典:World Resources Institute「World’s Top Emitters Interactive Chart」
https://www.wri.org/insights/interactive-chart-shows-changes-worlds-top-10-emitters

また、世界のCO2排出量は増減を繰り返しながらも右肩上がりで上昇し続けています。2022年の排出量は史上最高水準となる約375億トンに達すると予測されており、1990年の排出量と比較すると、60パーセント以上増加していることになります[*10], (図3)。

図3: 1940年~2022年 世界の二酸化炭素年間排出量
出典: スタティスタ・ジャパン株式会社「世界のCO2年間排出量 1940年~2022年」(2022)
https://jp.statista.com/statistics/1357444/global-co2-emissions

前述の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のような組織が設立されたり、パリ協定によってCO2排出量の削減目標が設定されたりしていますが、残念ながら状況が改善しているとは言えません。

例えば、かつてアメリカのトランプ前大統領がパリ協定からの離脱を決定したように、大幅なCO2削減を伴う国際協定にすべての国を参加させることは困難です。

図2にあるように、発電、農業、産業などあらゆる分野でCO2は排出され、CO2排出を抑えようとすることは、国の経済発展という側面から見るとデメリットになってしまうからです。

実際にトランプ前大統領も、「GDPは3兆ドルも失われ、米国に不利益をもたらす」という理由でパリ協定からの離脱を決定しています[*11]。

さらに、自国の取り組みをせず、他国の努力に依存する「フリーライダー」という問題があります。CO2削減という世界共通の問題において、自国のCO2削減は行わずに他国のCO2削減を当てにする行為です[*3]。

 

気候クラブの役割

前述のようなフリーライダー問題の解決策を提唱したのが、ウィリアム・ノードハウス氏でした。

ノードハウス氏は、いくつかの国でグループを作り、そのグループ内で決めた排出量に関する厳しい水準を設け、グループ外の国(排出規制の緩い国)からの輸入品に関税をかけることを提案しました。
グループに入らない国は、貿易上不利になるためグループに参加する動機付けがされるという仕組みです。

パリ協定には、法的拘束力があるわけではありません。積極的にCO2削減に取り組む国が損をして、他国のCO2削減活動にタダ乗りするフリーライダーが発生するリスクが生じてしまいます[*3]。
このような課題を解決するために、気候クラブが提唱されたのです。

実は欧州連合(EU)では、類似する取り組みが始まろうとしています。

国境炭素税という税金が設定され、2023年10月から事業者に対する炭素排出量の報告が義務化されます。2026年から排出量に応じて、実際の課税が始まる予定です[*12]。

EUの取り組みは、フリーライダーを抑制する画期的な取り組みに見えますが、排出量削減に関する技術や資金が乏しい国にとっては貿易上のペナルティが加算され、不利な条件となってしまいます。

気候クラブは規制や基準を共通化し、G7だけでなく途上国や新興国も巻き込みながら活動していくことが期待されています[*3, *13]。

2022年12月に行われたオンライン会合後、実際にドイツのショルツ首相は「排出量が多く、G7ではない国が参加することを望んでいる」と述べています。
実効性を高めるために中国やインドといったG7以外の新興国にも参加を促していく方針です[*14]。

世界のCO2排出量を見てみると、図4に示すようにG7以外では中国やインドのCO2排出量が多いことがわかります[*15]。

図4: 世界の二酸化炭素排出量
出典: 全国地球温暖化防止活動推進センター「データで見る温室効果ガス排出量(世界)」
https://www.jccca.org/global-warming/knowleadge04

G7のCO2排出量の割合は合計で23%です。中国だけでも32.1%、インドは6.6%です(図4)。この二カ国だけでも約4割を占めていることになり、このような大量排出国が気候クラブに加盟するかどうかが大きなポイントになりそうです。

気候変動クラブの課題

ここまでで紹介したように、CO2排出量がそれぞれの国の経済や産業と深くかかわり、国と国との利害関係をはらんでいるため、対策が難しくなっています。
G7の気候クラブも、クラブメンバーだけで協力を強化することになるため、別の類似の気候クラブが事実上形成される可能性もあります。

また、 クラブがあることで国連の気候に関する協議において、多くの国が協力することが難しくなるかもしれません。

そして、このような取り決めは、富裕国と貧困国の貧富の差がより悪化するという指摘もあります[*3, *13]。実際に、新興国では厳しい環境規制によって経済成長が妨げられると考えている国もあります[*16]。

 

これからのCO2削減の取り組み

これまでCO2の排出や気候変動について、様々な協議が行われていました。

しかしながら、全世界が足並みをそろえてこれらの問題に取り組んでいるとは言えません。

気候クラブは、各国が連携し、共同でCO2排出を削減するための具体的な取り組みを推進することを目的としています。このような多国間の協力は、これまでの個別の取り組みを超えて、より大きな影響をもたらすことが期待されます。

もちろん前述のような課題も抱えており、全ての問題を解決できるわけではありませんが、気候クラブの設立は、産業分野にとっての新しい挑戦と言えるでしょう。

日本に求められる対策

G7では、各国が連携し共同でCO2削減や気候変動に対する取り組みを行うことが期待されています。
では、日本はどのような対応が求められているのでしょうか。

日本の部門別CO2排出量を見ると、図5に示すように産業分野が最も多くの割合を占めています[*17]。

図5: 日本の部門別二酸化炭素排出量の割合
出典: 全国地球温暖化防止活動推進センター「日本の部門別二酸化炭素排出量(2021年度)」
https://www.jccca.org/download/65477

「電気・熱配分後排出量」とは、発電や熱の生産に伴う排出量を、電力や熱の消費量に応じて各部門に配分した後の値を意味します[*17]。

気候クラブは産業分野に焦点を当てているため、CO2排出量の多い産業部門での対応が特に必要となるでしょう。

また、G7の中では日本は石炭火力への依存度が高い国です。
G7ではCO2を大量に排出する石炭火力発電の段階的廃止で意見が一致しています。

しかし、2022年の会合では、ドイツが廃止期限を2030年にするように求めましたが、石炭火力への依存度が高い日本が反対し、期限が設けられなかったという背景もあります[*18]。

EUで国境炭素税が課税されるようになり、日本の脱炭素化が進んでいなけければ貿易上のペナルティが加算されるかもしれません。
これからの日本には、石炭火力依存からの脱却とさらなる脱炭素化への対策が求められるでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1
独立行政法人環境再生保全機構「地球温暖化問題に関する国際的な動き」
https://www.erca.go.jp/erca/ondanka/inter/index.html

*2
環境省「国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)・京都議定書締約国会合(CMP)・パリ協定締約国会合(CMA)」
https://www.env.go.jp/earth/copcmpcma.html

*3
一般社団法人環境金融研究機構「⽇本政府は『気候クラブ』形成にどう関与するか。ドイツのG7サミットから今後の気候政策とエネルギー転換を展望する」(2022)
https://rief-jp.org/blog/126519

*4
日本経済新聞「G7、ウクライナ復興『ロシアが負担』気候クラブも発足」(2022)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR12BOG0S2A211C2000000/

*5
外務省「気候クラブに関するG7声明」(2022)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100364063.pdf

*6
日本銀行「G20とは何ですか?G7とは何ですか?」
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/intl/g02.htm

*7
日本経済新聞「G7、気候クラブ年内設立で合意 新興国などと共通目標」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA28CTN0Y2A620C2000000/

*8
独立行政法人日本貿易振興機構「オーストラリア・ドイツ首脳会談、貿易、クリーンエネルギー、防衛など議論」(2023)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/07/65c9910807394043.html

*9
World Resources Institute「World’s Top Emitters Interactive Chart」
https://www.wri.org/insights/interactive-chart-shows-changes-worlds-top-10-emitters

*10
スタティスタ・ジャパン株式会社「世界のCO2年間排出量 1940年~2022年」(2022)
https://jp.statista.com/statistics/1357444/global-co2-emissions

*11
独立行政法人日本貿易振興機構「トランプ大統領、パリ協定離脱を発表」(2017)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2017/06/cf2aea16377ec778.html

*12
独立行政法人日本貿易振興機構「欧州委、CBAM規則の移行期報告義務に関する実施規則案を発表」(2023)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/06/7e70b2fc9703c12c.html

*13
日本経済新聞「ブリュッセル効果とは? EU、国際的な規制パワーに功罪」(2023)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD204A00Q3A220C2000000/

*14
NHK「G7が『気候クラブ』設立 気候変動対策推進の新たな取り組み」(2022)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221213/k10013922261000.html

*15
全国地球温暖化防止活動推進センター「データで見る温室効果ガス排出量(世界)」
https://www.jccca.org/global-warming/knowleadge04

*16
読売新聞オンライン「ドイツ肝いりの『国際気候クラブ』、G7内でも主張に違い」(2022)
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20220630-OYT1T50034/

*17
全国地球温暖化防止活動推進センター「日本の部門別二酸化炭素排出量(2021年度)」
https://www.jccca.org/download/65477

*18
朝日新聞デジタル「G7で話題の『気候クラブ』どんな役割を期待?」(2023)
https://digital.asahi.com/articles/ASQ6Y4HGHQ6YULFA00V.html

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