町×企業×発電事業者 地域を育てるエコシステムから生まれた「お母さん3人の共同経営」

熊本駅から約1時間、熊本空港から約30分のところに位置する、熊本県合志市。人口約6万4千人(2023年11月末現在)のこの町で、3人のお母さんが共同経営者としての歩みをスタートしました。

彼女たちの決断には、町と企業と発電事業者が始めたとある取り組みが、大きくかかわっています。


市と地元企業と発電事業者による、地域を育てるエコシステム

そもそものきっかけは、約10年前まで遡ります。2012年、熊本県合志市内のとある工場敷地内にメガソーラー発電所を建設することが決まりました。発電所の開発を担当したのが、自然電力株式会社です。2011年に創業したばかりの自然電力にとって、この発電所開発は初めてのメガソーラー案件※1でした。

自然電力は「発電所を建てて終わりではなく、再生可能エネルギーによって生まれる価値を地域経済に再分配したい」との想いを持っていました。合志市や工場関係者の「合志市をよりよい町にしたい」という想いと一致したことから、3者の出資による合同会社の設立、地域事業を支援する一般社団法人の設立、3者が合同会社から得る売電収益の一部を一般社団法人へ寄付する、というスキームが構築されました。地域を育てるエコシステムの取り組みが始まったのです。

※1: 屋根置き太陽光発電ではなく、未利用の広大な土地などに設置する、1メガワット(1MW=1,000kW) 以上の大規模な発電容量を持つ産業用発電設備の開発プロジェクトはこの案件が初

このエコシステムから生まれたのが、地域で自ら事業を起こすリーダーの育成プログラム「熊本リーダーズスクール」です。このプログラムが生まれた背景には、地域でもまちづくりに対し支援策や補助金などの仕組みづくりは整いつつあるものの、そうした機会を活かし地域で事業を起こす人材が不足している、という課題がありました。

熊本リーダーズスクールは、地域ビジネスのかたちを各分野のプロから学べる全6回の実践型プログラム。活性地域へ行き、現地の取り組みを体感したり話を聞いたりするフィールドワークも実施しています。


「お母さん3人の共同経営者」ならではの経営のカタチ

今回は、熊本リーダーズスクールで学んだ卒業生であり、「株式会社母家」を立ち上げた共同経営者であり、現在カフェスペース「Jicca」の開店に向けた準備に奔走中の、溝尻亜由美さん、緒方幸代さん、中元緑さんにお話を伺いました。

株式会社母家 代表取締役 溝尻亜由美さん

溝尻さんは合志市で生まれ育ち、福岡県で就職・結婚・子育てを経験しました。親戚や友人がいない環境で、働きながらワンオペで子育てする中で感じた「孤独」が、起業の原体験です。当初「子育て支援=行政がするもの」と考えていた溝尻さんですが、担当者の熱心な誘いに心動かされ、熊本リーダーズスクールに参加することに。仲間と対話し、地域で活動する起業家と接するうちに、少しずつ変化が生まれます。
「『合志で子育てするお母さんたちを助けたい』と意思表示したら、いろんな人が応援してくれた。困ったら相談すればいい、全部自分で背負わなくていいんだと気づき、起業への気持ちが固まりました」と語る溝尻さん。リーダーズスクールで共に学んだ仲間である緒方さん、中元さんの「3人のお母さん」で起業することを決意したのです。

溝尻さんの起業への想いは、こちらでも詳しく紹介しています。
●note 熊本リーダーズスクール:親子が気兼ねなくくつろげる“実家のような温かな場所”を

いつもJicca隣の公民館の芝生で「ピクニックミーティング」。左から、熊本リーダーズスクール卒業生の緒方幸代さん、溝尻亜由美さん、中元緑さん

――3人の共同経営者ということですが、得意分野や役割分担などはあるんですか?

溝尻:基本的に何でも2人に相談します。幸代さんはご自身で別に会社経営をされていて公的機関での手続きなどに詳しいですし、緑さんは市議会議員ということもあり、地域の方々の声を直接聴いていらっしゃる分、リアルなニーズをつかむことができるように思います。3人ともこれまでの経験や人脈が違うので、いろんな角度からの視点を持って話し合い、決めていけるのは、母家の強みだと思います。

緒方:本当に些細なことでも話し合います。不思議と気が合うので、何でも相談できるんです。リーダーズスクールで一緒に学んだという共通言語があるからなのかもしれませんね。でも最後に決めるのは溝尻さんです。柔らかい決断力がありますよね。

中元:話し合った内容の結論を出すのと、ビジョンを語るのは溝尻さんの役割ですね。銀行へ説明に行ったり、工事会社と交渉したり、SNSなどで情報発信をしたり、自分の言葉で伝えるべき場では溝尻さんが話します。

――溝尻さんが会社経営を通じて実現したい「コアとなる想い」はどんなことでしょうか?

溝尻:大きく2つ、大切にしている想いがあります。ひとつは、自分が生まれ育った合志を長く愛される町にしたいということ。もうひとつは、子育てで孤独を感じた経験から、お母さん世代のための事業をしたい、ということです。

この2つを実現するための場として、まずは『Jicca』というお店を作っています。『Jicca』という名前は、近くに親戚のいないお母さんでも、赤ちゃんを連れて実家のように気軽に帰ってこられるような温かい場所にしたい、という想いでつけました。そして、ずっと同じ場所でお店を続けることで、20年後に当時の子どもたちが「思い出の場所」として帰ってこられるようにしたいんです。

大切にしている想いはブレないように、でもどんな事業を手がけるかは柔軟に、これからいろいろ挑戦していきたいと思っています。

――幸代さんと緑さんは、どんな想いで経営に参加しようと決めたのですか?

緒方:私は家族と一緒に地元で鶏卵ファームを経営しています。会社を継いだ夫が経営方針を転換し、農協への販売から消費者への直接販売に舵を切り、地元とのつながりがとても強くなりました。地域をもっとよくしたいとの想いでスクールに参加し、同期の溝尻さんと出会ったのが始まりです。

溝尻:スクールは卒業した後もずっと関われる関係性があって、私たちは2期生や3期生のプログラムにも顔を出していました。そこで「合志でこんなことをやりたい」とコンセプトを話してみたんです。

緒方:それを聞いて、「合志にそんな場所があったら素敵だな」と思いました。私自身の想いとも重なったので「もし溝尻さんがやるなら私も一緒にやりたい」と手を挙げました。

中元:リーダーズスクールが立ち上がった当初は市職員として参加者を集める立場でした。出産時期と重なり、キャリアを見つめ直す中で、第2期生として参加しました。私も先輩・面倒見役として参加していた溝尻さんが話すコンセプトを聞いて、この地域に本当に必要な場所だと思い、幸代さんと同じく手を挙げたんです。立ち上げからこれまでの間に、本当に多くの人が関わってくれています。溝尻さんのやりたい!気持ちに惹きつけられてくる人が本当に多い。私もその一人だと思います。

緒方:緑さんも私も、溝尻さんの志に心を動かされて思わず手を挙げていた、という感じです。この場所(Jicca)を3人で見に来た時に「溝尻さんを応援するのではなく、自分事として一緒に会社をやろう」と決めたこと、今も忘れられません。

――「実家のように長く愛される場所にしたい」という志を形にするために、経営面で工夫されたことはありますか?

溝尻:特別なことはあまりないというか・・・。初期投資を抑えること、県の補助金制度を活用すること、店舗での収入源を複数持つこと、などでしょうか。主な初期投資は店舗の改装工事費ですが、工事業者さんが私たちの想いを理解してくださって、一緒に知恵を出し合い、できる限り低減しました。

中元:リーダーズスクールのつながりがすごく活きました。社外取締役には講師の山本さんが参画してくださったし、同窓生の上田さんがこの家を仲介してくれました。資金や事業の計画書を作成するとき、このつながりは本当に心強かった。幸代さんのファームの卵を始め、仲間が携わっている雑貨やお菓子などを物販として販売する計画もあって、結果的に収入源を増やすことにもつながっています。

溝尻:工事に入る前に先行事例を実際に3人で見に行くこともしました。店舗経営者にお話を伺って、成功したところだけでなく、失敗したところも先に学べたのは大きかったです。

緒方:店舗の壁を塗るワークショップも行いました。2日間で延べ45名が参加してくれたんですよ。準備の手間を考えると経費低減というよりPRの側面が強かったですが。

中元:合志にいると、知り合いの知り合いは知り合い、みたいな関係性は当たり前というか。周りの人が何をしているかわかっているので、頼りたい人にもすぐつながれる。良くも悪くもすぐ話が広がってしまうんですけどね(笑)。

緒方:想いを同じくする人がゆるく集まって、負担にならない範囲でゆるくお金を出し合うことで、コミュニティは続いていけると思うんです。大手と同じステージで戦わない、誰か一人が勝つのではなく、みんながそれなりに楽しく生きていく、というのもひとつの形ですよね。Jiccaもそうありたいなと思っています。


サポーターからみた「会社のこれから」

株式会社フジ開発 代表取締役 上田耕太郎さん

不動産会社を経営する上田さんは、熊本リーダーズスクールで共に学んだ縁で、Jiccaの店舗となる空き家を仲介しました。合志市で生まれ育ち、地元密着の事業に携わる上田さんに、3人の挑戦に対する想いを伺いました。

――合志に根ざした不動産会社として、溝尻さんたちの挑戦にどんな想いを持たれていますか?

合志市は、昭和から令和にかけて子育て世代が移り住んできた町です。熊本市からもほど近く、20年前と比べて人口は30%近く増加しました。ただ、いろいろな制限もあって「住むだけの町」なんです。拠り所がない。

そんな町の不動産業が価値を最大化するには、家賃の最大化が手っ取り早い。でも、この先人口増加のスピードが緩やかになることは見えていて、家賃の最大化という手法は持続可能とは言えないんです。となると、地域の価値を最大化する活動を地道に続けることが、結果的に家賃の最大化につながっていくと思うんです。地域を良くしたいと願う、志を同じくする人と組むことが、時間はかかっても自分たちのビジネスに返ってくるというか。

溝尻さんの話を聴いて、彼女の想いに共感するとともに「この人は地域の価値を最大化できる人だ」と感じました。「Jicca」がこの町の拠り所になり、地域の価値が高まっていくはず。そこに少しでも力になれることがあればうれしいですね。

株式会社インターローカルパートナーズ 代表取締役 山本桂司さん

熊本リーダーズ・スクール講師であり、株式会社母家の社外取締役でもある山本桂司さんにお話を伺いました。

――受講生が経営者に変わっていく姿をご覧になっている立場だと思うのですが、代表の溝尻さんはどんな印象でしたか?

参加した当初から本当に大きく変化しましたね。受講生の時は「正しいことは言うけど自分で舵取りをしていないな」という印象でした。助手席でいい、というような。でも彼女のビジョンは誰もが応援したくなる、共感できるものだった。だから「誰かがやってくれると思っていないで、自分でやってみたら?」としつこく言い続けました。時間はかかったけど「こんなサービスがあったらいいのに」から「ないなら自分でやります!」に変わっていきましたね。

――経営者としてこれから歩んでいく3人に伝えたいことはありますか?

もし始めた事業で利益が出なかったとしても、それは「世間でその時必要とされなかった」だけ。リトマス紙みたいなものと思って、次にその失敗を活かせばいい。失敗を恐れて何もしないより、何かする方がいい。恋愛だって、一度痛い目を見たら次はそれよりいい相手を見つけるでしょ。ビジネスも同じようなもんです(笑)

株式会社母家は、やりたい方向性がしっかり決まっていて、方法は柔軟に変えられるところが強み。3人の方向性を一致させ続けるためにも、3人一緒にインプットすることを心掛けて、共通言語を増やすことが大切だと思います。

実際に事業を始めたら3人の役割分担も少しずつ変化していく気がします。1年後の3人がどうなっているのか、僕もめちゃくちゃ楽しみです。

 

編集後記

自然電力は「再生可能エネルギー100%の世界を共につくる」ことを目指し、2011年の創業以来、原発1基分の再生可能エネルギーの発電所を作ってきました。その中で大切にしてきたのは「気候変動というグローバルな社会課題は、ローカルなくして解決できない」という想い。発電所を開発する地域の中にぐっと入り込んで、地域ごとに異なる課題に、地元の方と一緒に取り組んでいます。

取材を通してとても印象的だったことが2つあります。ひとつは、自然電力の大切にしている考え方が地域に少しずつ届いているように感じたこと。「志を同じくする人が集まり、お金以外の価値を循環させることで、地域の持続可能性が高まっていく」という話をお聞きし、いつも私たちが発信している考え方そのものだ! と驚きました。

もうひとつは、3人が経営者になるまでの心の変化です。起業の決意に至るまでに、何か大きなきっかけがあったのではと想像してお話を伺いましたが、小さな出来事が積み重なり、少しずつ気持ちが変化し、行動につながっていったことがわかりました。グラデーションのような変化が、振り返れば大きな行動につながるのだと感じました。

「Jicca」は2024年1月のオープンに向けて日々準備が進んでいます。地域を育てるエコシステムから生まれた、合志市の新たな「拠り所」。これからも目が離せません!

Jicca 店舗情報
住所:熊本県合志市御代志1750-12
営業時間:11:00-16:00
定休日:日・月曜
Instagram::https://www.instagram.com/jicca.koshi/

 

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