再生可能エネルギーの普及にともない、電力系統全体の安定化に寄与する系統用蓄電池に注目が集まっています。2024年6月に福岡県宇美町で系統用蓄電池を稼働開始させたのが、福岡県を代表する企業のひとつである西日本鉄道株式会社と、福岡県に本社を置く再生可能エネルギー発電開発企業の自然電力株式会社の2社により設立された「西鉄自然電力合同会社」です。
系統用蓄電池事業はまだ不確実性の高い要素が多く、これから参入企業が徐々に増えていくような導入期にあるといえます。このような中、なぜ西鉄自然電力はいち早く稼働開始に至ったのでしょうか。西鉄自然電力設立の背景や、2つの会社に流れる企業文化から、そのスピード感を支える真髄に迫ります。
系統用蓄電池とは
系統用蓄電池を取りまく環境
太陽光や風力などの再生可能エネルギーは天候により出力が変動する特徴があります。蓄電と放電ができる蓄電池を直接電力系統に接続することで、需要を超えて発電された電力を蓄電し、不足時に放電できるようになります。電力系統の安定化と経済優位性のある売電事業を行うことができることから、系統用蓄電池の有用性に注目が集まっています。
特に九州地方は太陽光発電に適した土地が多く、太陽光発電所が国内でも特に多い地域です。よく晴れた日などに九州電力管内で需要を超える電力の発電が想定される場合、一般送配電事業者から電力供給を止める、または抑制する指示が出されます。九州地方ではこの「出力制御」が頻繁に発生し、再生可能エネルギー由来の電力が活用しきれていないことが問題となっています。
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「西鉄自然電力合同会社」が生まれた背景
キーワードは「九州地域の脱炭素推進」
福岡県内で鉄道事業や流通事業など多角的に事業を推進する西鉄グループは、「にしてつグループまち夢ビジョン2035」の中で「居心地よい幸福感あふれる社会」の実現に向け、サステナブルでウェルビーイングな「まち・地域」、サステナブルでお客さまに寄り添う「BtoB物流」の実現を目指すとしています。自社グループで電力を大量に消費していることもあり、この電力を再生可能エネルギー由来の電力に変えていくことを最初のターゲットとし、エネルギー事業への参画にあたってその知見をもつパートナーを探していました。
西鉄グループで新規事業を担う担当者がその探索の中で見つけたのが、福岡県に本社を置く再生可能エネルギー発電所の開発を手掛ける自然電力だったのです。
西鉄グループはグループで保有する施設、遊休地や地域ネットワークを、自然電力は再生可能エネルギーの事業開発や施工・保守運用、エネルギーマネジメントシステムを持ち寄ることで、地域の脱炭素化を前進させられる。それぞれの強みを活かすべく2022年4月に設立されたのが、「九州地域の脱炭素推進」をビジョンに掲げる西鉄自然電力合同会社です。
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複数の事業を並行して推進中
西鉄自然電力は「再生可能エネルギー発電事業の拡大」「西鉄グループにおける脱炭素推進」「エネルギー事業を通した地域貢献」の3つの柱に基づき、スピード感をもって複数の事業を推進しています。
再エネ発電事業の拡大では、2023年8月に福岡県直方市の汚泥再生処理センターにおけるオンサイトPPA(長期電力購入契約)を、2024年4月には西鉄グループの保有する博多国際展示場&カンファレンスセンターにおけるオンサイトPPAを、それぞれ開始しています。また、地域連携では、2022年11月に福岡県八女市と「八女市におけるカーボンニュートラル実現・SDGs推進に関する包括連携協定」を締結、2024年2月に福岡県うきは市ら4者と共同で地域エネルギー商社を設立しました。
さらに先述の系統用蓄電池事業においては、参入を表明した2023年7月から1年弱で最初の蓄電所を稼働させるなど、目まぐるしい速さで実績を重ねています。
西鉄グループ内施設へのオンサイトPPA事業(博多国際展示場&カンファレンスセンター)
https://www.shizenenergy.net/2024/04/03/nishitetsu_shizen_1st_ppa/
系統用蓄電池事業への参入から稼働開始まで
設立から2年強で既にいくつもの実績を重ねてきた西鉄自然電力。なぜ彼らはまだ参入企業の少ない系統用蓄電池事業にいち早く参入する決断ができたのでしょうか。ここからは、西鉄自然電力の花田茂吉さん、梅岡亘さん、坂上太一郎さんの3名にお話を伺いました。
梅岡亘さん(左)、花田茂吉さん(右)
坂上太一郎さん
― 他社に先がけて事業参入を決断できた最大の要因は何でしょうか?
花田:いろいろな要因がうまくそろったことが大きいですね。まずは想いの部分です。もともと西鉄グループ内では、九州地域における再エネへの課題感や、地域に根ざした企業としてそのポテンシャルを何とか活かせないか、といった想いが経営陣も含め浸透していました。
坂上:創業以来、地域に根差した再エネ発電所の開発を重視してきた自然電力も、その想いは同じでした。
花田:その自然電力は伊藤忠商事様と系統用蓄電池事業における協業を進めていましたし、電力関連取引の最適制御を行うエネルギーマネジメントシステムも有していました。まさに想いを同じくするプレイヤーがそろった、これが最も大きな要因だと思います。
西鉄自然電力ではそれまで再エネ発電事業を進めていましたが、ゆくゆくはエネルギーマネジメントの分野にも取り組みたいと当初から構想していました。同分野におけるスモールスタートの第1弾が、先日宇美町で稼働開始した「西鉄自然電力バッテリーハブ宇美」です。
「西鉄自然電力バッテリーハブ宇美」に設置された系統用蓄電池
https://www.shizenenergy.net/2024/06/11/opening_ceremony_batteryhub_umi/
梅岡:とはいえ、西鉄グループにはこれまでエネルギー領域の知見がなかったため、経営陣に納得してもらい、事業への投資の承認を受けるところは非常に苦労しました。自然電力にもフォローいただきながら、説明を重ねました。やはり「これは九州のポテンシャルを活かしていくための事業であり、地域に根ざし地域と共にやってきた我々だからこそやる意義がある」という想いが一致したことが決め手になったのだと思います。
― 蓄電所の稼働開始まで多くの困難があったのではと思います。
坂上:自然電力で蓄電池を扱ったことはあったので、その経験が活かせた点はよかったです。太陽光の場合は太陽の光が必要なため影になる木々を切ったり、その土地の許認可を取る必要がある現場も多く大変なのですが、今回は西鉄が場所を提供してくださったので、用地確保・許認可取得の苦労がほとんどなくありがたかったです。
大変だったことといえば、系統接続の申請でしょうか。自然電力グループとしても初めての系統用蓄電池案件だったことに加え、蓄電池は充電・放電の双方向になるので、太陽光とは異なる資料の準備なども必要でした。
その他、このプロジェクトには蓄電池メーカーやリース会社など多くのステークホルダーが関わっていたので、プロジェクトマネージャーとしては進捗管理が大変でした。とはいえ、どのプロジェクトもスムーズに進まないのは普通のこと。トラブルを何とかアジャストさせるのがプロジェクトマネージャーの仕事ですからね。
花田:西鉄にとっては「バスの用地の中で別の事業を行う」というプロジェクトでしたので、バス事業の関係者に「本来の目的※1に影響は及ぼさないので、土地の一部を使わせてほしい」と説明し納得してもらう必要がありました。先ほどの話の繰り返しになってしまいますが、新しい取り組みであるがゆえに、経営層や関係者の理解を得るところが、やはり一番大変だったように思いますね。
※1: 蓄電池を設置した場所はもともとバスの折り返し場として使われている
― プロジェクトを成功させるには組織の力も重要な要素だと思います。異なる組織文化を持つ2つの会社のベクトルをどうやってひとつにしたのでしょうか?
梅岡:やっていることは意外と地味ですよ。毎朝30分オンラインで顔を合わせる。週1回は進捗確認や方針説明のミーティングを実施する。後は定期的に飲み会を開いたり(笑)
同じ会社の花田さんは隣の席で常に話せる状態が普通だったので、コミュニケーションの苦労はなかったのですが、西鉄自然電力に参加してからは情報共有の難しさとコミュニケーションの大切さを痛感しています。
花田:自然電力と一緒に仕事をする中で、スピード感の違いを実感しました。事業を構想して計画を立案し意思決定するまでが圧倒的に早いですね。社会にとって有益と考えることに躊躇なくスピーディに取り組まれる姿勢には大いに刺激を受けていますし、私たちも負けないよう日々精進しています(笑)
坂上:西鉄側も自然電力側も「九州には系統用蓄電池が必要だ」という根底の想いが一致していたから、離れたところで仕事をしていても、スピード感に違いがあっても、協力して進められたのだと思います。
― 大企業内の新規事業を軌道に乗せることは難しいと言われますが、西鉄自然電力はそこをどう乗り越えたのでしょうか。
花田:西鉄グループは鉄道を中心に、バス、物流、スーパーマーケット、商業施設などに事業を拡大してきた歴史があり、新規事業をやる文化がある組織だと私は思っています。とはいえ、事業ポートフォリオができてくると、どうしても既存事業の延長という発想になりがちです。その状況を一気に変えたのがコロナ禍でした。既存事業が大きく落ち込む中、鉄道会社が得意とする「お客さまに集まっていただく」、「お客さまに移動していただく」以外の新規事業にもチャレンジしなければ生き残れないという危機感が社内で改めて醸成されたのです。
ただ、これまでにない新しい領域の事業を立ち上げる知見がなかった。そこで、その知見をもつパートナーを探し、スピード感を持って進めようと考え、巡り合ったのが自然電力でした。
坂上:西鉄グループは九州を代表する企業のひとつですが、一緒に仕事をするようになって、新しいことをやってみようという文化がある会社だと感じます。スタートアップとの相性がよいのかもしれませんね。
― 会社の規模は大きく異なっているのに、根底に流れる価値観は同じなのではと感じます。
花田:今後人口が減少していけば、西鉄のこれまでの事業モデルは通用しなくなります。西鉄グループの掲げるビジョン「地域とともに歩み、発展する」をどう実現するか考えた時、再生可能エネルギーや蓄電池はそのひとつの解になるかもしれないと思いました。それを開発する場所はローカルにあります。今は特にローカル側が厳しい状況に置かれていますが、沿線地域の中で経済が循環し、地域全体が持続可能な状態になれば、という想いを持っています。
坂上:自然電力は創業以来ずっと「再生可能エネルギーを通して、価値が生まれ、ローカルが発展していく」という姿を目指し、地域に根差した発電所開発を大切にしてきました。花田さんの話を聞いて、我々とまったく同じ想いだったんだ、と改めて気づかされました。
自然電力は発電所開発のノウハウを持っていますが、ローカルに入り込むという点では西鉄にかないません。だからこそ、西鉄自然電力として組むことで、もっともっと一緒にできることがあると感じています。
― お話を伺い、異なる組織出身のメンバーが一緒に新規事業を進める上で、思い描くビジョンを共有できていること、大切にしている価値観に共通項があることが、とても重要だということを改めて感じられました。今日は本当にありがとうございました!
終わりに
地域に深く根ざした生活インフラを担う企業と、再生可能エネルギーの発電や供給の経験を有する企業が、両社のポテンシャルを組み合わせることで、再生可能エネルギーのさらなる普及や需給バランスの制御といった再生可能エネルギーの抱える課題を乗り越えるだけでなく、さらに地域で大きな価値を生み出す可能性を秘めているという点で、西鉄自然電力が推進する事業やビジネスモデルには数多くの着目すべき点があるといえます。
西鉄自然電力における経験は、地域におけるさらなる電源開発や、需給マッチングのきめ細かな制御など、今後自然電力グループとして注力すべき領域にとっても非常に大きなアドバンテージになっていくでしょう。