地球温暖化は、今や避けて通れない問題となっています。多くの人々がその影響を日常的に感じているかもしれません。さまざまなメディアを通じてその問題が発信されています。
地球温暖化への対策が求められる中、注目されるのが「カーボンニュートラル」、つまりCO2排出を実質ゼロにする取り組みです。
実は、カーボンニュートラルを達成した企業のプロジェクトはすでにいくつかあります。これらに共通点はあるのでしょうか。
実際の事例を通して、CO2削減のポイントを考えてみましょう。
カーボンニュートラルの必要性
温暖化が進行すれば、異常高温、海洋熱波、豪雨、一部地域における農地や生態環境の干ばつなどの頻発化・激甚化など、さまざまな影響が出ると予想されています[*1]。
日常生活で「豪雨の頻度が上がった」「水害が毎年のように発生している」と感じている人も多いのではないでしょうか。
実際に、気象庁が解析している過去約120年間のデータによると、1日の降水量が200ミリ以上という大雨を観測した日数は、増加傾向にあります[*2], (図1)。
図1: 日降水量200ミリ以上の年間日数の変化
出典: 気象庁「激甚化する豪雨災害から命と暮らしを守るために」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/hakusho/2020/index1.html
2021年に発表された「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書」では、IPCCとして初めて地球温暖化の原因が人間の活動によるものと断定しました。温暖化対策は、地球に住む生き物のために、人間にとって必要不可欠なアクションなのです。
そこで今、世界各国が取り組んでいるのが「カーボンニュートラル」です。
カーボンニュートラルとは、「温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること」を意味します。
CO2をはじめとする温室効果ガスは様々な場所から排出されていますが、同時に、植物による吸収も行われています。この排出量から吸収量を差し引いて、合計が実質ゼロになった状態がカーボンニュートラルです[*3], (図2)。
図2: カーボンニュートラルのイメージ
出典: 脱炭素ポータル「カーボンニュートラルとは」
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/
2015年採択されたパリ協定では、以下の長期目標が設定されました。
- 世界的な平均気温上昇を工業化以前に比べて、2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること(2℃目標)
- 今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成すること
現在は、120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げています[*3]。
カーボンニュートラルによく似た言葉に「カーボン・オフセット」というものがあります。
環境省では、カーボン・オフセットを以下のように定義しています[*4]。
市民、企業、NPO/NGO、自治体、政府等の社会の構成員が、自らの温室効果ガスの排出量を認識し、主体的にこれを削減する努力を行うとともに、削減が困難な部分の排出量について、他の場所で実現した温室効果ガスの排出削減・吸収量等を購入すること又は他の場所で排出削減・吸収を実現するプロジェクトや活動を実施すること等により、その排出量の全部又は一部を埋め合わせること、すなわち「知って、減らして、オフセット」の取り組み。
カーボン・オフセットは「温室効果ガスの排出を他の活動で埋め合わせること」であるのに対し、カーボンニュートラルは「CO2排出量をプラスマイナスゼロにすること」を意味します[*5], (図3)。
図3: カーボン・オフセットのステップ
出典: 環境省「カーボン・オフセット ガイドライン Ver.2.0」(2021)
https://www.env.go.jp/content/000130730.pdf, p.3
カーボンニュートラル達成のプロジェクト
私たちが普段使っている電気は発電時にCO2を排出しますし、生活に欠かせない水も上水道施設でCO2を排出します[*6, *7]。
このように、さまざまな人間活動にCO2の排出が伴うため、国や事業全体のレベルでカーボンニュートラルを達成することは簡単ではありません。
しかし、近年カーボンニュートラルを達成している企業のプロジェクトがいくつか誕生しています。
企業活動におけるカーボンニュートラルは、再生可能エネルギーの導入や省エネの推進、カーボン・オフセットの活用などによって実現されます。
TDK株式会社
TDK株式会社は世界有数の電子部品メーカーです[*8]。
製造拠点から排出されるCO2を、TDK製品の省エネ効率向上によるCO2削減貢献量によって相殺する方法で、2014年にカーボンニュートラルを達成しています[*9]。
また、排出量自体の削減にも継続的に取り組んでおり、図4にあるように、TDKグループの生産拠点のCO2排出量は近年段階的に縮小しています[*10]。
図4: 生産拠点のCO2排出量の推移
出典: TDK株式会社「気候変動への取り組み」
https://www.tdk.com/ja/sustainability2https://docs.google.com/document/d/1Em8yKOH7pDWpeoB3nurGbrVtw2fKjTSh_UeTU58Nrtc/edit023/environmental_responsibility/climate-action
TDK株式会社は、2023年中には日本国内の主要製造拠点全ての電力の100%を再生可能エネルギー由来にすると発表しており、さらなるCO2削減を推進する予定です[*9]。
パナソニックオートモーティブシステムズ株式会社
パナソニックホールディングス傘下の自動車部品会社であるパナソニックオートモーティブシステムズ株式会社は、2023年1月、メキシコ、チェコ、中国、マレーシアを含む国内外の拠点でCO2排出量の実質ゼロを達成したと発表しています[*11, *12]。
同社のCO2排出量ゼロ達成のための主な取り組みは以下のとおりです。
- 徹底したムダの排除:全社員参加による省エネ意識の醸成と徹底、実行
- エネルギーロスの削減:空調最適化、設備の断熱強化、設備冷却系統の見直し
- 高効率機器への積極的な更新:照明、空調、コンプレッサーなど、最新の省エネ機器導入
- 再生可能エネルギーの導入:各拠点における再生可能エネルギーの導入
さらに、2030年には再生可能エネルギーの外部依存率を50%に削減することも目指しており、エネルギーの見える化や事業所で省エネ交流会を実施するなど、継続的な改善活動が行われています[*12, *13], (図5)。
図5: 海外事業場での省エネ交流会
出典: パナソニックオートモーティブシステムズ株式会社「カーボンニュートラルへの取り組み」
https://automotive.panasonic.com/corporate/sustainable/environmental-information/energysaving
株式会社日立ハイテク
株式会社日立ハイテクは、半導体計測・検査装置や電子顕微鏡を製造している企業です[*14]。
株式会社日立ハイテクでは、2021年3月までに日立ハイテク九州、日立ハイテクファインシステムズ、日立ハイテクサイエンス富士小山事業所、那珂地区マリンサイトの国内4拠点でCO2排出量ゼロを達成しています。
4拠点合わせて1万7,939トンのCO2削減に成功しました。
中でも那珂地区マリンサイトは100%再生可能エネルギーで稼働する工場です。
その他の拠点でも、太陽光発電設備の導入や社用車のEV(電気自動車)への移行が行われています。
2027年にグループ全体でカーボンニュートラルを達成することを目標に活動中です[*15], (図6)。
図6: 日立ハイテクグループのCO2排出削減想定割合(国内)
出典: 株式会社日立製作所「日立ハイテク、4事業所で『カーボンニュートラル』達成 成功の秘訣とは」(2021)
https://social-innovation.hitachi/ja-jp/article/hitachi-hightech/
フィリップス
フィリップスは、約130年前にオランダで誕生した電機メーカーです。家電や医療機器などさまざまな製品を製造しています[*16]。
同社は、2020年に事業活動におけるすべての電力を100%再生可能エネルギーで賄うという目標を達成しました。同時に、カーボン・オフセットにも力を入れており「すべての人に健康と福祉を」(SDGs3)と「作る責任使う責任」(SDGs12)に関わる新興地域のプロジェクトに投資しています。
例えば、フィリップスはウガンダとエチオピアで数百万リットルの安全な飲料水を提供しています。二国ではこれまで、水は煮沸して飲まれていましたが、安全な飲料水を供給することで薪の使用量が減り、森林破壊の抑止に貢献できるのです。
インドのデワス地域では、5万世帯以上に再生可能エネルギーを供給しています。さらに24の村に移動医療ユニットを提供し、月2回無料で診断と医薬品を提供し、地元の5つの学校における教育プログラムと衛生設備の改善にも資金が提供されています。
フィリップスは世界的な企業であるため、バリューチェーン全体でCO2排出量削減を推進することが求められています。そのため、同社では再生プラスチックやリサイクル可能な素材の使用などの活動も行われています[*17]。
カルティエ
世界的ジュエラーであるカルティエも、カーボンニュートラルに取り組んでいます。カルティエは2009年3月以降、カーボンオフセットを通して排出量を相殺し、CO2排出量ゼロを実現しました。
他のブランドに先駆けて、2009年から製品の照明に省エネ効果の高いLED照明を取り入れており、環境への影響を抑えながらも効果的に商品を引き立てる取り組みが行われています。
1996年に照明用のLEDが開発されたことを考えると、かなり早い段階から消費電力の削減に取り組んでいたことがわかります[*18, *19]。
カーボンニュートラルへの挑戦
国内外の企業における、CO2排出実質ゼロを達成したプロジェクトの事例を紹介しましたが、皆さんが知っている企業の名前もあったのではないでしょうか。
今回紹介した取り組みの中で目立ったのが、再生可能エネルギーの活用です。
これは、温室効果ガスの排出を大幅に削減し、さらには排出実質ゼロを達成するための有効な手段としての可能性を示しています。
太陽光、風力、水力、地熱などの再生可能エネルギーは、従来の化石燃料に比べて温室効果ガスを排出しません。そのため、企業や団体がこれらのエネルギー源を取り入れることにより、その環境への影響を大幅に減らすことが可能となります。
特に資源の乏しい日本では、エネルギー自給率は10%を下回っており、エネルギー安定供給の観点からも再生可能エネルギーは期待されています[*20]。
世界的に再生可能エネルギーの発電コストの多くは年々下がっており、近年では、化石燃料による発電コストの範囲まで低下しています[*21]。
コストが下がれば更に、普及が進むでしょう。そして、カーボンニュートラルな社会の実現に近づくことでしょう。
参照・引用を見る
*1
国連広報センター「自然科学からみる気候変動」
https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/climate_change_un/the_physical_science/
*2
気象庁「激甚化する豪雨災害から命と暮らしを守るために」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/hakusho/2020/index1.html
*3
脱炭素ポータル「カーボンニュートラルとは」
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/
*4
環境省「我が国におけるカーボン・オフセット のあり方について(指針)」(2021)
https://www.env.go.jp/content/000130729.pdf, p.2
*5
環境省「カーボン・オフセット ガイドライン Ver.2.0」(2021)
https://www.env.go.jp/content/000130730.pdf, p.3
*6
資源エネルギー庁「2050年カーボンニュートラルに向けた我が国の課題と取組」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2021/html/1-2-3.html
*7
環境省「上水道施設のCO2排出量削減ポテンシャル検討事業」(2019)
https://www.env.go.jp/earth/earth/ondanka/energy-taisakutokubetsu-kaikeih31/mat31_01-29.pdf
*8
TDK株式会社「TDKについて」
https://www.tdk.com/ja/about_tdk/corporate_message/index.html
*9
TDK株式会社「環境方針・環境ビジョン」
https://www.tdk.com/ja/sustainability2023/environmental_responsibility/policy-vision
*10
TDK株式会社「気候変動への取り組み」
https://www.tdk.com/ja/sustainability2https://docs.google.com/document/d/1Em8yKOH7pDWpeoB3nurGbrVtw2fKjTSh_UeTU58Nrtc/edit023/environmental_responsibility/climate-action
*11
パナソニックオートモーティブシステムズ株式会社「沿革」
https://automotive.panasonic.com/corporate/history
*12
パナソニックオートモーティブシステムズ株式会社「パナソニック オートモーティブシステムズ株式会社 グローバル全拠点をCO2ゼロ化」(2023)
https://news.panasonic.com/jp/press/jn230127-1
*13
パナソニック オートモーティブシステムズ株式会社「カーボンニュートラルへの取り組み」
https://automotive.panasonic.com/corporate/sustainable/environmental-information/energysaving
*14
株式会社 日立ハイテク「事業紹介」
https://www.hitachi-hightech.com/jp/ja/company/biz-field.html
*15
株式会社日立製作所「日立ハイテク、4事業所で『カーボンニュートラル』達成 成功の秘訣とは」(2021)
https://social-innovation.hitachi/ja-jp/article/hitachi-hightech/
*16
Philips「Our history」
https://www.philips.com/a-w/about/our-history.html?_ga=2.30163068.2145069242.1695618617-219184506.1695618617
*17
Philips「Climate action」
https://www.philips.com/a-w/about/environmental-social-governance/environmental/climate-action.html
*18
Cartier「エネルギーおよび排出量」
https://www.cartier.jp/ja/%E3%83%
*19
一般社団法人日本照明工業会「LEDの特長と照明の歴史を知ろう」
https://www.jlma.or.jp/led-navi/contents/cont27_led_features.htm
*20
資源エネルギー庁「なっとく!再生可能エネルギー」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/renewable/outline/index.html
*21
国土交通省「国土交通白書 2022 第2節 再生可能エネルギー等への転換に向けた取組み」(2021)
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r03/hakusho/r04/pdf/np102200.pdf, p.3