企業の脱炭素化を支援する金融手法「トランジション・ファイナンス」とは? 国内外の最新動向を紹介

現在、国内外で脱炭素化の動きが加速しています。日本では、2020年10月、政府が2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すことを宣言しました[*1]。

カーボンニュートラルの達成に向けては、温室効果ガスを多く排出する産業分野における脱炭素化が特に重要と言われています。一方で、産業部門においては省エネや燃料転換など革新的な技術の開発・導入が必要となり、脱炭素化に多くの時間とコストがかかることがあります[*2]。

企業が、こうした長期的な課題に取り組むには、取り組みを支える資金も必要となります。そこで近年、「トランジション・ファイナンス」と呼ばれる新しい金融の仕組みが国内外で活用されつつあります。

それでは、トランジション・ファイナンスとはどのような金融手法なのでしょうか。国内外の最新動向と併せて詳しくご説明します。

 

トランジション・ファイナンスとは
トランジション・ファイナンスが注目される背景

2021年度における日本国内全体のCO2排出量は、約10億6,400万トンです[*3]。

CO2排出量を産業部門別に見ると、電力部門からのCO2排出量が最も多く、次いで乗用車等、鉄鋼、化学部門からの排出が多くなっています[*2], (図1)。

図1: 日本の産業部門別CO2排出量内訳
出典: 資源エネルギー庁「企業の脱炭素化をサポートする『トランジション・ファイナンス』とは?(前編)~注目される新しい金融手法」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/transition_finance.html

このように、CO2排出量が多い産業部門には排出削減の余地が大きくある一方で、先述したように、取り組みを実施するには多くの時間とコストがかかることがあります。

例えば、鉄鉱石にコークスと呼ばれる材料を加え、高温で加熱して鉄をつくる製鉄場では、その製造過程でCO2が発生しますが、この工程は、純度の高い鉄を取り出すために必要不可欠です。そのため、脱炭素化を目指すには、CO2排出を抑えられる再生可能エネルギーを使用したり、発生したCO2を回収して再利用するなど、様々な工夫が必要となります。

トランジション・ファイナンスの概要

このように、産業部門では、製造工程に大きな変革が求められており、企業は長期的な視点で脱炭素化に取り組むこととなります[*2]。

そこで近年注目されているのが、「トランジション・ファイナンス」と呼ばれる新しい金融手法です。脱炭素社会の実現に向けて、長期的な戦略に基づいて温室効果ガス削減に取り組む企業に対し、途中で息切れしないよう資金を供給して後押しします[*2], (図2)。

図2: トランジション・ファイナンス概念図
出典: 資源エネルギー庁「企業の脱炭素化をサポートする『トランジション・ファイナンス』とは?(前編)~注目される新しい金融手法」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/transition_finance.html

トランジション・ファイナンスと既存の金融手法の違い

企業が脱炭素化のために資金を調達する手段としては、これまでも「グリーン・ファイナンス」がありましたが、トランジション・ファイナンスは何が異なるのでしょうか[*4]。

グリーン・ファイナンスとは、温室効果ガスの排出がない、または少ない企業やプロジェクトに対する資金提供のことです。しかしながら、先述したような鉄鋼やセメントなど温室効果ガス排出量が多い産業では、製造工程そのものを変える必要があるため、一足飛びの脱炭素化は困難です。

一方で、トランジション・ファイナンスは、企業の長期的な脱炭素への移行に対して資金提供が行われるものです。つまり、現時点で温室効果ガス排出量の多い産業に対しても、長期的な戦略に基づいて排出削減を行う企業であれば供給される点が、既存の金融手法との違いと言えます。

 

国内外におけるトランジション・ファイナンス動向
世界で進むトランジション・ファイナンス

トランジション・ファイナンス普及に向けたルール策定状況

近年、世界ではトランジション・ファイナンスを推進する動きが加速しています[*4], (表1)。

表1: トランジション・ファイナンスに関する国際動向

出典: 資源エネルギー庁「企業の脱炭素化をサポートする『トランジション・ファイナンス』とは?(後編)~世界の動向と日本の取り組み」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/transition_finance_02.html

例えば、OECD(経済協力開発機構)は2022年10月、トランジション・ファイナンスに関するガイダンスを公表しました。2021年に開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)では、トランジション・ファイナンスWG( ワーキンググループ)が立ち上げられるなど、政府間での協議が進んでいます。

民間主導によるトランジション・ファイナンス推進も進んでいます。例えば、ICMA(国際資本市場協会)は2020年12月、パリ協定を踏まえた移行を目的として、債券市場で資金調達する際に参照できるハンドブックを発行しました[*5]。

また、三菱UFJフィナンシャル・グループ主導で、資金供給に向けた金融機関へのガイドライン作成等を議論するAsia Transition Finance Study Groupが開催されています[*6], (図3)。

図3: Asia Transition Finance Study Groupの概要
出典: 経済産業省「トランジション・ファイナンスに関する国内外の動向」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/transition_finance/pdf/005_s02_00.pdf, p.10

同スタディ・グループでは、トランジション・ファイナンス推進に向けた課題に対する解決策の検討が行われ、2022年9月に最終報告書が公表されました[*6, *7]。

海外におけるトランジション・ファイナンス事例

海外では、香港やイタリア、アラブ首長国連邦など様々な国や地域でトランジション・ファイナンスが活用されています[*8], (表2)。

表2: トランジション・ファイナンス事例

出典: 経済産業省「トランジション・ファイナンス概要」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/climate_transition/pdf/001_03_00.pdf, p.7

例えば、石油・ガス事業を展開するポーランドのPKN ORLEN社は、2021年5月にグリーンボンド発行に向けたフレームワークを策定し、資金調達を行いました[*8], (図4)。

図4: PKN ORLEN社によるトランジション・ファイナンス事例
出典: 経済産業省「トランジション・ファイナンス概要」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/climate_transition/pdf/001_03_00.pdf, p.9

同社は、2030年時点の温室効果ガス排出削減目標を設定し、再生可能エネルギーやCCS(二酸化炭素回収・貯留技術)を活用して低炭素インフラの整備に取り組むとしています。

5億ユーロものグリーンボンドを発行しましたが、市場からは発行額の6倍となる30億ユーロもの需要を獲得するなど、注目の高さがうかがえます。

また、中国の金融機関であるBank of Chinaは、2021年1月にICMAのハンドブックに沿った初のボンド(企業等が資金を調達するために発行する債券)とする「Climate-transition Bonds」を発行しました[*8], (図5)。

図5: Bank of Chinaによるトランジション・ファイナンス事例
出典: 経済産業省「トランジション・ファイナンス概要」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/climate_transition/pdf/001_03_00.pdf, p.8

本ボンドは、公益事業やセメント、アルミ産業など5つの産業において、省エネやリサイクル、廃熱回収・活用等に対して資金提供を行うものです。本ボンドも、発行額の3倍となる需要を獲得しており、トランジション・ファイナンスに対する市場の期待が大きいことが分かります。

 

日本国内におけるトランジション・ファイナンス
トランジション・ファイナンス確立に向けた基本指針の策定

国内でも近年、トランジション・ファイナンス普及に向けた取り組みが積極的に行われています。日本政府は2021年5月に、トランジションへの資金供給・調達の確立を目指し、ICMAの国際原則を踏まえた国内向けの基本指針を策定しました[*2]。

基本指針は、企業が投資を行う際、「トランジション・ボンド/ローン」等とラベリングして資金調達を行うことを可能とするために、銀行や投資家等に示した手引きです[*9]。

また、温室効果ガス排出量が多い産業における企業のトランジション・ファイナンスの信頼性・透明性を高めるため、政府は分野別のロードマップを策定しています[*2, *10], (図6)。

図6: 分野別ロードマップの対象分野
出典: 経済産業省「トランジション・ファイナンスに関する取組」
https://www.fsa.go.jp/singi/transition_finance/siryou/20211104/03.pdf, p.5

2023年7月現在、電力や鉄鋼、化学など8分野でロードマップが策定されています。本ロードマップは、企業がトランジション戦略を策定する際の参考となるほか、金融機関が融資を行う際に、その企業戦略が適格かどうかを判断する基準となります[*2]。

トランジション・ファイナンス普及に向けた 政府による支援の動向

トランジション・ファイナンス普及に向けて政府は、2021年度からモデル事業や補助事業も実施しています[*2]。

既に12件のモデル事例と9件の補助金対象案件が採択され、これらの案件以外も含めると、国内のトランジション・ファイナンスの累計調達額は1兆円を超えています[*2], (図7)。

図7: 脱炭素などの環境関連投資による資金調達額の推移
出典: 資源エネルギー庁「企業の脱炭素化をサポートする『トランジション・ファイナンス』とは?(前編)~注目される新しい金融手法」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/transition_finance.html

国内企業によるトランジション・ファイナンス事例

国内企業によるトランジション・ファイナンス活用も始まっています。例えば、日本郵船株式会社は、2030年までに2015年比で温室効果ガス排出量を30%削減することを目標に、トランジション・ファイナンスを活用しています[*11], (図8)。

図8: 日本郵船株式会社によるトランジション・ファイナンス
出典: 経済産業省「トランジション・ファイナンス|事例1:日本郵船株式会社」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/transition/transition_finance_case_study_nykline_jpn.pdf, p.1

同社は、重油などの石油系燃料油より環境負荷の少ないLNG燃料船のさらなる導入や、水素・アンモニアなどクリーン燃料の活用にかかる支出を賄うため、ボンドを発行しました。計200億円の発行額に対し、2,099億円もの投資家需要があり、トランジション・ファイナンスによる資金調達を実現しています。

また、東京ガス株式会社は、天然ガスによる低炭素化やガス・電力の脱炭素化に向けた取り組みを加速させるため、トランジション・ファイナンスを活用しています[*12], (図9)。

図9: 東京ガス株式会社によるトランジション・ファイナンス
出典: 経済産業省「トランジションファイナンス|事例7:東京ガス株式会社」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/transition/transition_finance_case_study_tokyogas_jpn.pdf, p.1

調達した資金を活用して、LNG基地の新設や、水素パイプラインの敷設による水素のさらなる活用等を推進する予定です。また、これらの取り組みによって、2030年までに毎年約31万トン-CO2もの削減効果が期待されています[*12], (図10)。

図10: プロジェクトによる環境改善効果
出典: 経済産業省「トランジションファイナンス|事例7:東京ガス株式会社」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/transition/transition_finance_case_study_tokyogas_jpn.pdf, p.4

 

トランジション・ファイナンスの普及に向けた展望

以上のように、国内外で様々な取り組みが進められつつあるトランジション・ファイナンスですが、課題も山積しています。

まず、トランジション・ファイナンスのさらなる普及に向けては、信頼性の向上が不可欠です。投融資時点で企業は化石燃料を使った経済活動を行っており、脱炭素化への移行を主張しても実態が伴わない「グリーンウォッシュ(見せかけの環境配慮)」と見なされる懸念があります[*4]。

また、資金提供後は、企業の移行戦略が進捗しているかどうかの判断が難しく、実効性を保証できないのではという懸念もあります。そこで日本政府は、2023年6月に、金融機関や投資家向けにフォローアップガイダンスを策定しました。本ガイダンスを活用して、資金提供者が投融資先の着実な戦略の実行を支援することで、トランジション・ファイナンスが促進されることを目指しています。

温室効果ガス排出量の多い産業における脱炭素化を推進させるためには、長期的な事業実施に向けた資金調達を可能とするトランジション・ファイナンスが不可欠です。信頼性を確保するための取り組みや、事業の適格性を判断する仕組みづくりが、今後のトランジション・ファイナンス普及のカギとなるでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1
環境省「カーボンニュートラルとは」
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/

*2
資源エネルギー庁「企業の脱炭素化をサポートする『トランジション・ファイナンス』とは?(前編)~注目される新しい金融手法」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/transition_finance.html

*3
全国地球温暖化防止活動推進センター「4-04 日本の部門別二酸化炭素排出量(2021年度)」
https://www.jccca.org/download/65477

*4
資源エネルギー庁「企業の脱炭素化をサポートする『トランジション・ファイナンス』とは?(後編)~世界の動向と日本の取り組み」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/transition_finance_02.html

*5
環境省「海外の取組み」
https://greenfinanceportal.env.go.jp/policy_budget/climate_transition_finance/initiatives_overseas.html

*6
経済産業省「トランジション・ファイナンスに関する国内外の動向」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/transition_finance/pdf/005_s02_00.pdf, p.10, p.11

*7
株式会社三菱 UFJ フィナンシャル・グループ、株式会社三菱UFJ銀行「アジア・トランジション・ファイナンス・スタディ・グループの最終報告書の公表について」
https://www.mufg.jp/dam/pressrelease/2022/pdf/news-20220926-001_ja.pdf

*8
経済産業省「トランジション・ファイナンス概要」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/climate_transition/pdf/001_03_00.pdf, p.7, p.8, p.9

*9
経済産業省「トランジション・ファイナンス」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/transition_finance.html

*10
経済産業省「トランジション・ファイナンスに関する取組」
https://www.fsa.go.jp/singi/transition_finance/siryou/20211104/03.pdf, p.5

*11
経済産業省「トランジション・ファイナンス|事例1:日本郵船株式会社」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/transition/transition_finance_case_study_nykline_jpn.pdf, p.1, p.2

*12
経済産業省「トランジションファイナンス|事例7:東京ガス株式会社」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/transition/transition_finance_case_study_tokyogas_jpn.pdf, p.1, p.4

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