地球温暖化の原因と言われている温室効果ガス。温暖化対策を有効に行うには、地球規模のデータ収集が必要です。日本では、1989年から30年にわたって全球大気監視(GAW: Global Atmosphere Watch)計画に参画し、温室効果ガスの観測と解析を行なっています。
この記事では、全球大気監視(GAW)計画の役割や、今後の展望について紹介します。
全球大気監視(GAW)計画とは 〜地球温暖化の原因を探る〜
全球大気監視計画とは、地球規模で大気の長期的な観測及び解析をおこなう計画です。1989年に世界気象機関(WMO:World Meteorological Organization)によって活動を開始し、WMO加入国によって30年にわたり実施されています。
地球温暖化やオゾン層の破壊、酸性雨など進行する地球環境問題が活動の発端であり、全球大気監視計画の結果をもとに、環境政策をどのようにすすめていくべきかを科学的に検証していくことが目的です。
まずは、全球大気監視計画実施の背景になっている環境問題の中で、特に重要視されている地球温暖化について説明します。
2013年のIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の第5次活動報告書では、温暖化は
人間活動が原因である可能性が90%以上であると発表されました。
大気中の二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素などの温室効果ガスは過去80万年間のなかで、これまでにない水準まで増加しており、これは産業革命以降の人間活動に起因する可能性が極めて高いのです。
図1に示すように、1880年から2012年にかけて世界平均地上気温は0.85℃上昇しています。地球温暖化による気候変動は厳しさを増しており、直近の30年間の各10年間は、1850年以降どの10年間よりも高温を記録しています。
図1 世界平均地上気温(陸域+海上)の偏値(IPO第5次報告書より作成)
*出典1:環境省HP「地球温暖化の現状」(2017)
https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/ondanka/
そして、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの中でも特に大きいのが、二酸化炭素(CO2)の影響です。
図2 温室効果ガス総排出量に占めるガス別排出量の内訳(IPO第5次報告書より作成)
*出典2:全国地球温暖化防止活動推進センターHP「地球温暖化の基礎知識」
https://www.jccca.org/global_warming/knowledge/kno02.html
産業革命以降、エネルギーを作り出すために石炭や石油などの化石燃料を使用することで二酸化炭素の濃度が増加しています。大気中の二酸化炭素濃度は、産業革命以降40%増加していますが、図3を見ても分かる通り、ここ10年間に注目しても、二酸化炭素濃度は増え続けていることがわかります。
図3 GOSATによる世界のCO2濃度分布観測結果
*出典1:環境省HP「地球温暖化の現状」(2017)
https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/ondanka/
ここで、地球温暖化のメカニズムを簡単におさらいしておきましょう。
地球の大気は、太陽からのエネルギーで地上が温まり、地上から放射される熱を温室効果ガスが吸収、再放射することによってさらに温まります。この温室効果ガスの濃度が増加することで、温室効果が高まり地球温暖化が進行するのです。
地球温暖化によって、気温の上昇だけでなく海面水位の上昇や生態系への影響、豪雨や大型台風の増加など、私たちの生活にもさまざまな影響を及ぼします。
現在地球は温暖化だけでなく、成層圏のオゾン層の破壊や紫外線の増加、大気汚染による酸性雨などの環境問題の解決も急を要しています。全球大気監視計画では、温室効果ガスの他に、オゾン、紫外線、反応性ガス、降水化学成分、エーロゾルなどの観測を行なっています。
図4に示すようにWMOに参加している世界各国の国々で観測を行い、そのデータを用いて各国の政府機関や研究機関で研究が行われています。
図4 全球大気監視(GAW) 観測網(2019年現在)
*出典3:国土交通省 気象庁HP WMO全球大気監視(GAW)計画
https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/info/gaw.html
全球大気監視計画の使命は、気象や人間の健康、生態系の健全性を保つために、地球大気の継続的な観測を続け、人間活動が与える影響を予測し正しく管理することです。
全球大気監視(GAW)計画の各国の取り組みと日本の国際協力
全球大気監視計画はWMOに加盟している国々で協力して行われています。全球大気監視計画は国際的な科学コミュニティと広く結びついていて、各国の関連機関と情報を共有しています。
表1は、全球大気監視計画の中枢機能の概要です。Am:米国、E/A:ヨーロッパ及びアメリカ、A/O:アジアおよび南西太平洋で、特に表記がないものは全世界が担当しています。JMA(Japan Meteorological Agency)は日本気象庁のことで、多くを担当していることがわかります。
表1 全球大気監視計画の中枢機能の概要
*出典4:世界気象機関 全球大気監視プログラム(GAW) 戦略計画(2008 年~2015 年)
http://ds.data.jma.go.jp/gmd/qasac/report/gaw172_j.pdf P33
日本気象庁は、全球大気監視計画の中で温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)、品質保証科学センター(QA/SAC)、全球大気監視較正センターの3つの国際的な役割を担っています。それぞれの役割について紹介していきましょう。
温室効果ガス世界資料センターは、WMOが世界の7箇所に設置している世界資料センターの中の温室効果ガス部門です。温室効果ガス世界資料センターは世界中の温室効果ガスやそのほかの関連ガスのデータを収集、保管、管理しています。
観測データは、図5に示すように世界各国の利用者に提供しています。
図5 温室効果ガス世界資料センターへのデータ報告地点
*出典5:国土交通省 気象庁HP GAW計画などを通じた国際協力
https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/info/cooperation.html
次に品質保証科学センターですが、正式名称「アジア・南西太平洋地区品質保証科学センター」と言い、日本の他に米国、ドイツ、スイスに設定されています。温室効果ガスの観測データの品質向上を目的としていて、アジア・南西太平洋地区の観測の品質維持のために、技術協力も行なっています。
最後に、全球大気監視較正センターです。全球大気監視較正センターは、全球大気監視計画の観測データのばらつきをなくし、観測精度を維持するために設立されました。気象庁では、アジア及び南西太平洋でのメタンと、アジアのドブロン分光光度計についてを担当しています。
このように、日本の気象庁は、全球大気監視計画の中でも重要な役割を担っていて、経済的、技術的に観測が難しい地域にも技術協力を行なっています。
気象庁以外にも、国立環境研究所のライダー観測技術は全球大気監視計画の観測項目であるエーロゾルの観測に役立っています。エーロゾルとは、大気中に浮遊するちりのようなもので、バイオマス燃焼や農業に起因するものや、黄砂や海塩などがあります。エーロゾルは温室効果をもっているうえに、オゾン層や気候変動に影響を与えています。
国立環境研究所で40年以上にわたって続けているライダー(レーザーデーダー)観測技術を用いて、アジア地区のライダーによる同時連続観測を行なっています。
図6 ライダー観測地点(2008年4月現在)
*出典6:国立環境研究所 環境儀No29 (2008)
https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/29/29.pdf P10
日本が計測した東アジアの観測データは、欧州のEARLINET(European Aerosol Research Lidar Network)、米国NASAのMPLNET(Micropulse Lider Network)と連携して、全球大気監視計画としてデータ共有を行なっています。
また、欧州と航空宇宙研究開発機構(JAXA)が協力して、人工衛星を利用したエーロゾル観測も進めています。
国内で行なっている全球大気監視(GAW)計画
ここまででご紹介したように、国際的に重要な役割を担っている日本ですが、国内における全球大気監視計画ではどのような活動を行なっているのでしょうか。
日本国内では、全球大気監視計画の方針に沿って図7に示すような観測を行なっています。
図7 気象庁による環境気象観測網
*出典7:国土交通省 気象庁HP 「気象庁が行っている環境気象観測」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/info/monitoring.html
温室効果ガスの観測は、観測船と航空機の2つで実施されています。
人間の活動による影響が少ない3地点、綾里(岩手県大船渡市)、南鳥島(東京都小笠原村)、与那国島(沖縄県与那国島)を選定し、温室効果ガスとその他のガスの観測をしています。さらに、南鳥島では酸性雨の観測として降水、降下じんの自動採取装置を設置しています。
エーロゾルの観測は、スカイラジオメーターや気象衛星、精密日射放射観測装置を用いて実施しています。スカイラジオメーターは、札幌、石垣島、南鳥島の3地点に設置されています。精密日射放射観測装置は、札幌、館野、福岡、石垣島、南鳥島の5地点で観測し、太陽からの日射量がエーロゾルの影響を受けず、どのくらい直接地表に達するかを計測しています。国内の各地点のエーロゾルの観測を行うことで、黄砂や森林火災、火山噴火などに由来するエーロゾルの増加を観測することができます。
その他、オゾン層の状況を把握するために、南極昭和基地ではオゾンゾンデをもちいてオゾン層の観測を行なっています。
全球大気監視計画では海洋での二酸化炭素観測が重要視されています。海洋は、大気に存在する約50倍の二酸化炭素を蓄積し、人間によって放出された二酸化炭素の30%吸収しています。そのため、海洋の吸収能力がどのくらいあるのかが、地球温暖化の進行の鍵となっています。気象庁では、凌風丸と啓風丸という2つの観測船で、海水中の二酸化炭素関連要素の観測を実施しています。
図8 表面海水中および待機中の二酸化炭素観測の概略図
*出典8:国土交通省 気象庁HP 「海洋の二酸化酸素計測」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/co2/knowledge/observation.html
このように、日本国内でもさまざまな地域、手法で全球大気監視計画の観測が行われています。
全球大気監視(GAW)計画の最新の解析結果と今後の展望
地球規模で観測を行う全球大気監視計画で得られた最新の解析結果では、現在の地球の大気環境が危機的な状況にあることが明らかになっています。
全球大気監視計画を実施しているWMOでは、2018年の解析結果として温室効果ガスの平均濃度が解析開始以来最高値に達したことを発表しています。
図9 1990年から2018年にかけての二酸化炭素増加量
*出典9:世界気象機関(WMO) プレスリリース(2019)
https://public.wmo.int/en/media/press-release/greenhouse-gas-concentrations-atmosphere-reach-yet-another-high
二酸化炭素だけでなく、メタンと一酸化二窒素に関しても同様の結果が得られており、このまま増加が進めば気温の上昇だけでなく、生態系の破壊や海面の上昇、大規模な気象変動が起こることが予測されます。生態系を守り、私たちの将来の暮らしを維持するためには、国際的な温室効果ガスの削減が急務であるということがわかります。
次に、最新のオゾン層の観測状況について紹介します。2018年のWMOの発表では、オゾン層破壊物質への規制によって、オゾン層破壊が食い止められていることが報告されています。南極にあるオゾンホールに関しても、確認されてはいるものの時間をかけて回復している状況です。
図10 オゾンホールの規模の経年変化(1979〜2018年)
*出典10:環境省 平成30年度オゾン層等の監視結果に関する年次報告書(2019)
http://www.env.go.jp/earth/report/ozone_annual_H30_1-1_chap1.pdf P31
図10で示すように、オゾンホールの面積は1980年代から1990年半ばにかけて急激に成長していることがわかります。一方で、2018年は、1990年代から2000年代半ばの同じ気象条件と比較してもオゾン層の破壊は進んでおらず、オゾン層破壊物質が少しずつ減少していることが証明されています。
WMOが発表したオゾン層破壊の科学アセスメントによれば、オゾン全量が1980年代の水準に回復するのは、北半球では2030年代、南半球では2050年代になると予測されています。また、南極オゾーンホールが発生する春のオゾン全量が1980年の水準に回復するのは2060年代になると予測されています。
最後に、全球大気監視計画の今後の展望について紹介します。
全球大気監視の戦略計画は、世界情勢に対応できるよう7〜8年周期で改定されています。最新の計画に関しては、2017年に2016-2023年の実施計画が公開されています。新たな全球大気監視計画では、観測データのモデルを使った解析や予測をウェブサイトやスマホアプリに展開し、よりさまざまな分野に役立てることを目指しています。
図11 GAWで想定されている成果例
*出典11:日本気象学会 堤 之智「新たな WMO/GAW 実施計画:2016-2023について」(2017)
https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2017/2017_08_0077.pdf P82
地球環境問題の原因はひとつではなく、大気環境における様々な条件や要因が複雑に影響しあっています。環境問題を解決する手がかりをつかむためには、地球規模での観測と総合的な解析が必要です。全球大気監視計画で得られる幅広い観測項目と広い地域でも観測データによって、地球の現在の姿を解析することが可能になっています。
さらに日本を含めた各国の科学者のコミュニティに観測データが共有されることで、より新たな成果を生み出すことも期待されています。
参照・引用を見る
環境省HP「地球温暖化の現状」(2017)
https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/ondanka/
全国地球温暖化防止活動推進センター「地球温暖化の基礎知識」
https://www.jccca.org/global_warming/knowledge/kno02.html
国土交通省 気象庁HP WMO全球大気監視(GAW)計画
https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/info/gaw.html
世界気象機関 全球大気監視プログラム(GAW) 戦略計画(2008 年~2015 年)
http://ds.data.jma.go.jp/gmd/qasac/report/gaw172_j.pdf
国土交通省 気象庁HP GAW計画などを通じた国際協力
https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/info/cooperation.html
国立環境研究所 環境儀No29 (2008)
https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/29/29.pdf
国土交通省 気象庁HP 「気象庁が行っている環境気象観測」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/info/monitoring.html
国土交通省 気象庁HP 「海洋の二酸化酸素計測」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/co2/knowledge/observation.html
世界気象機関(WMO) プレスリリース(2019)
https://public.wmo.int/en/media/press-release/greenhouse-gas-concentrations-atmosphere-reach-yet-another-high
環境省 平成30年度オゾン層等の監視結果に関する年次報告書(2019)第1部オゾン層の状況
http://www.env.go.jp/earth/report/ozone_annual_H30_1-1_chap1.pdf
日本気象学会 堤 之智「新たな WMO/GAW 実施計画:2016-2023について」(2017)
https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2017/2017_08_0077.pdf
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