山火事は、野焼きや火の不始末などの人為的要因で起こる人的災害である一方、枯れ葉の摩擦や落雷などの自然的要因で起こる自然災害でもあります。
近年、この山火事が世界各地で頻発化し、その被害が甚大化しています。
その原因として、高温や乾燥などの火災を助長するような気候変動が挙げられていますが、山火事はCO2の大量排出に繋がるため、温暖化がさらに進行して、気候変動もさらに顕著になるという負のスパイラルに陥る可能性も示唆されています。
また、最近の大規模な山火事では、落雷が原因となっていたこともあり、自然的要因によって起こる山火事が深刻視されています。
この記事では、山火事の要因となる落雷の発生傾向や山火事の発生状況、また山火事の予防法や山火事から身を守る方法についてご紹介していきます。
増加傾向にある落雷
図1: 落雷の様子
出典: 気象庁「『雷』による災害」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/tenki_chuui/tenki_chuui_p4.html
近年、落雷の発生数が増加傾向にあります。
そもそも落雷は、積乱雲の発達などに伴って生じる気象現象で、上昇気流が発生するなど、大気が不安定なときによく起こります(図1)。
その発生原理は、大まかに述べると以下の通りです[*1]。
- 上昇気流が生じると、上昇した空気が冷却されて氷の粒を生じさせる。
- 氷の粒は、互いに衝突して擦れ合い、静電気を発生させる。
- 雲が静電気によって帯電し、雷雲となる。
- 雷雲と大地との電圧差が空気の絶縁性能を超過すると、空気が絶縁破壊を起こして落雷が発生する。
日本における落雷による人的被害について、1980年頃までは年間20〜50人程度の死者数でしたが、近年は年間数人程度の死者数となっており、人的被害は減少傾向にあります(図2)。
図2: 日本における落雷による死者数の推移
出典: 横山茂「落雷事故の統計と事故のメカニズム」(2008)国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieiej/28/8/28_585/_pdf, p.48
しかし、落雷の発生数が減少しているわけではなく、物的被害はむしろ増加傾向にあります[*2]。
実際、日本における落雷の年間発生数は増減を繰り返しているものの、長期的には増加傾向にあります(図3)。
図3: 日本における季節別の雷発生日数の経年変化(1954~2018)
出典: 小谷風斗・内藤望「雷の発生頻度の長期変化傾向に関する研究」(2020)大学法人 広島工業大学
http://naito.html.xdomain.jp/semi/thesis/2020_01Odani.pdf, p.1
特に、冬季に日本海側において、冷たいシベリア気団と対馬暖流との相互作用によって発生する冬季雷が顕著な増加を示しています。
その原因として、ここ100年間の2.4℃にも上る海面水温上昇を挙げており、地球温暖化の影響が示唆されています[*3]。
世界における落雷の発生傾向
一方、世界全体では、毎年14億回もの落雷が発生しており、その発生数は、日に換算すると300万回、秒に換算すると44回にも達します[*4]。
世界においても落雷の増加が観測されており、今後の落雷の増加を示唆する研究結果も出ています。
例えば、北緯65度以上の北極圏では、2010年から2020年にかけて、夏季における落雷の発生数が3倍になっています。
通年の落雷の発生数については、2010年の約18,000から2020年の150,000へと8倍以上の顕著な増大があり、他の地域よりも進行が早い北極圏の温暖化が原因であると報告されています(図4), [*5]。
図4: 北極圏(北緯65度以上の地域)の年間落雷発生数(2010年~2020年)
出典: University of Washington「Warming temperatures tripled Arctic lightning strikes over the past decade」(2021)
https://www.washington.edu/news/2021/03/22/warming-temperatures-tripled-arctic-lightning-strikes-over-the-past-decade/
さらに、今世紀末までに、北極圏で発生する落雷の数が2倍以上になるという研究結果も発表されています。
それにより、森林火災が増加し、温暖化の進行をさらに加速させる可能性があるとしています[*6]。
また、米国の研究では、世界の平均気温が1℃上昇する毎に米国の落雷が12%増加すると予測されています。
そして、世界の気温が2100年には4℃上昇しているという未来予測の下では、米国の落雷が50%増加するという研究結果が出ています[*7]。
落雷による山火事 〜温暖化の影響による山火事の甚大化〜
落雷の発生増加も問題ですが、人間社会や地球環境により深刻な影響を与えるのが落雷の増大によって頻発化の恐れがある山火事です。
世界の各地で頻発化・甚大化する山火事
山林火災(災害としての山火事)は、米国西部太平洋岸や豪州南東部、南米アマゾンなどで毎年のように頻発していますが、その原因の一つに落雷があります[*8]。
図5: 米国カリフォルニア州の山火事
出典: 海外消防情報センター「2020年世界の大規模火災」(2021)
https://www.kaigai-shobo.jp/files/worldoffire/20210201_01LargeScaleFire2020.pdf, p.54
米国のカリフォルニア州北部では、直近の2020年8月に多数の落雷を原因とする大規模な山林火災が発生しており、4,000km2を超える森林が消失しました(図5)。
カリフォルニア州では、それ以外にも山林火災が相次いで発生しており、2020年10月の調査時点で、山林火災が2020年だけで約8,200件、死者は少なくとも31人、8,400戸を超える住宅が焼失したと報告されています。
その結果、焼損面積は、日本の四国の面積1万8,000km2に匹敵する、1万6,000km2に達しました。
この山林火災の原因としては、落雷のほか、高温と乾燥が挙げられており、温暖化による気候変動が大きな要因であると指摘されています[*8]。
豪州では、2019年9月頃から2020年初頭にかけて、観測史上最少の平均降水量と過去最高の平均気温などの火災が発生・拡大しやすい条件が重なり、山林火災が甚大化しています[*8]。
豪州全体では、山林火災によって3,000棟以上の建物が被災して、33名以上の死者が生じ、北海道の面積の2倍以上に相当する17万km2の森林が消失しました。
さらに、消失した面積と地域から、多くの野生生物が犠牲になった可能性が指摘されています。その総数は、12億頭以上とも推定されており、以前から国際自然保護連合(IUCN)作成のレッドリスト(絶滅の恐れのある野生生物のリスト)に記載されていたコアラ・カンガルー・ワラビーなどの絶滅が危惧されます。
今回の火災の原因としては、放火や火の不始末といった人為的要因のほか、落雷などによる自然発生した火災も多数あったことが報告されています。
また、これまで自然鎮火していた自然発火による火災が、今回は温暖化が原因と見られる干ばつや乾燥、高温などによって甚大化し、被害が深刻化したと考えられています[*9]。
アマゾンでの山林火災は、放牧地や畑を作るための野焼きを原因とするものが多くなっていますが、落雷で自然発生する場合もあるようです。
2020年は、山林火災が多発する乾季の9月において、森林火災が32,017件と前年同期の19,925件から61%増加。多様な生物が生息している世界最大の湿原パンタナールでも、2020年1月から2020年9月中旬までで、観測史上最も広い約1万9,000km2を焼失しています。
ブラジルで被害が拡大したことも、過去50年程で最悪とされる干ばつが理由とされており、気候変動が山林火災を起こりやすくし、被害を拡大させる要因となっています[*8]。
日本における山火事
一方、日本では、2020年以前の5年間平均で約1,300件の山林火災が発生し、年平均約7km2の森林が消失していますが、長期的には減少傾向にあります。
最近の大規模な山林火災としては、 北海道雄武町で2019年5月に起きた山林火災が挙げられますが、その焼損面積は2.15km2であり、欧州や米国などの山林火災と比べると非常に小規模です[*8]。
山火事に対する対策
日本で米国や豪州のような大規模な山林火災が起きていないのは、様々な要因が考えられますが、一つに温暖化の影響が日本では大雨などの増加に繋がっており、山林火災の発生を助長する干ばつや乾燥の増加でないことが理由だと考えられます[*10]。
また、行政機関による様々な山火事に対する対策も山林火災の防止に寄与しているのではないでしょうか。
例えば、日本では、林野火災(消防法の用語で山火事と同じ意味)の危険度が高い地域を特定し、以下のような取組みを行っています[*11]。
- 山火事予防運動の広報・普及啓発活動
- 巡視・監視などによる林野火災の予防
- 火災予防の見地からの林野管理
- 消防施設などの整備
- 火災防御訓練などの実施
乾燥や強風などの気象条件下では、火災気象通報も適宜発令しており、消防機関は特別の警戒体制を取るとともに、住民の注意心を喚起して火災の予防を働きかけています[*12]。
消防防災ヘリコプターによる情報収集と空中消火も実施しています。状況によっては、速やかに自衛隊ヘリコプターの派遣要請を行うとともに、消防と自衛隊とは緊密に連携を取ることが求められています(図6), [*11]。
図6: 日本の林野火災発生件数と空中消火実施件数
出典: 総務省消防庁「第4節 林野火災対策」(2018)
https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/h30/items/part1_section4.pdf, p.116
山林火災が頻発している米国や豪州でも、山林火災の対策に注力しています。
豪州の国家火災庁では、気象庁の4日前のデータから火災危険度を公表しており、毎日更新している火災危険度を森林地帯などで掲示・告知することで注意喚起を行っています[*13]。
米国カリフォルニア州では、古くから航空機を使用した航空消火を実施しており、山林火災が頻発化・甚大化している近年では通年にわたって消防ヘリコプターを待機させている状態にあります[*14]。
山火事を防ぎ、山火事から身を守るために
それでは、山火事の発生を予防し、山火事から自分の身を守るために、私たちは、どのようなことに注意し、どのような行動を取ればよいのでしょうか。
そのためにはまず、私たちが山火事の発生原因とならないように、林野庁によって注意喚起されている以下の事項を遵守する必要があります[*15]。
- 枯れ草等のある火災が起こりやすい場所では、たき火をしないこと
- たき火等火気の使用中はその場を離れず、使用後は完全に消火すること
- 強風時及び乾燥時には、たき火、火入れをしないこと
- 火入れを行う際、許可を必ず受けること
- たばこは、指定された場所で喫煙し、吸いがらは必ず消すとともに、投げ捨てないこと
- 火遊びはしないこと
また、温暖化が山火事の増大・甚大化の原因となっているという指摘もあることから、地球規模の視点では、温暖化を食い止めることも山火事の予防に繋がるかもしれません。
自身を守る方法も日頃から考えておくことが大切です。まず、山や森林に入るときは、気象庁や消防本部、市町村が発表している気象情報・乾燥注意報・火災警報などを確認しましょう[*16]。
万が一、山火事を発見したら、火や煙に巻かれないように風下を避けながら避難し、直ちに119番通報を行うのが最善です。
風下などにお住いの方は、危険を感じたら躊躇なく避難しましょう。
燃え広がった火事を無理に消そうとするのは危険です。
自身の安全の確保を第一に考え、速やかに通報してください[*17]。
参照・引用を見る
1.
一般財団法人 建築コスト管理システム研究所「総合的な雷防護の現況について」(2020)
https://www.ribc.or.jp/research/pdf/report/report62.pdf, p.74, p.75
2.
公益社団法人 全国市有物件災害共済会「公共施設のための雷害対策ガイドブック」(2015)
https://www.city-net.or.jp/wp-content/uploads/2015/02/01_koukyou_raigaitaisaku_kiso.pdf, p.5
3.
青柳秀夫・高田吉治「冬季雷の予測の検討(その1)」(2016)国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jweasympo/38/0/38_207/_pdf/-char/ja, p.207, p.208
4.
Met Office「10 striking facts about lightning」
https://www.metoffice.gov.uk/weather/learn-about/weather/types-of-weather/thunder-and-lightning/facts-about-lightning
5.
University of Washington「Warming temperatures tripled Arctic lightning strikes over the past decade」(2021)
https://www.washington.edu/news/2021/03/22/warming-temperatures-tripled-arctic-lightning-strikes-over-the-past-decade/
6.
U.S. Department of Energy「Future Increases in Arctic Lightning and Fire Risk for Permafrost Carbon」(2021)
https://climatemodeling.science.energy.gov/research-highlights/future-increases-arctic-lightning-and-fire-risk-permafrost-carbon
7.
University of California「More lightning with global warming」(2014)
https://www.universityofcalifornia.edu/news/more-lightning-global-warming
8.
海外消防情報センター「2020年世界の大規模火災」(2021)
https://www.kaigai-shobo.jp/files/worldoffire/20210201_01LargeScaleFire2020.pdf, p.54, p.55
9.
世界自然保護基金(WWF)「オーストラリアの森林火災へのご支援をいただき、誠にありがとうございました」(2020)
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/4246.html
10.
国土交通省「コラム・事例 地球温暖化と大雨、台風の関係」
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h17/hakusho/h18/html/H1012c10.html
11.
総務省消防庁「第4節 林野火災対策」(2018)
https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/h30/items/part1_section4.pdf, p.115, p.116
12.
総務省消防庁「火災警報(消防法第22条気象状況の通報及び警報の発令)」
https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento187_46_shiryo6-1.pdf, p.1
13.
公益財団法人 国際緑化推進センター「火災危険度の評価」
https://jifpro.or.jp/tpps/conditions/conditions-cat04/f01/
14.
公立大学法人 北九州市立大学「世界の森林火災と航空消火について」(2011)
http://www.env.kitakyu-u.ac.jp/ja/shoubou/img/1_02-07.pdf, p.2
15.
林野庁「山火事予防に当たって注意することは?」(2021)
https://www.rinya.maff.go.jp/j/hogo/yamakaji/con_4.html
16.
岐阜県庁「林野火災に対するチェックポイント」(2021)
https://www.pref.gifu.lg.jp/page/5566.html
17.
長野県庁「山火事(林野火災)・枯草火災を予防しましょう」(2021)
https://www.pref.nagano.lg.jp/shinrin/ringyo/zourin/yamakaziyobou_aki.html