生態系を破壊する「死の水域」も拡大 温暖化で進む海水温の上昇・酸性化は果たして「治療」できるのか

世界の海で酸性化が進んでいます。

人間活動で発生するCO2を吸収し続けた結果、海はそれまでとは異なるものになってしまい、海洋に住む生物の命を脅かしています。
海岸に大量の魚が打ち上げられる様子が時折報じられます。その原因のひとつも、温暖化の影響と考えられています。

今回は、CO2の吸収で海はどのように変貌したのか、そして生物にどのような影響を及ぼしているのかについてご紹介します。

海の酸性化の仕組みと温暖化の関係

人間活動によるCO2排出や温暖化は、見えないところで海の水質に大きな影響を与えています。
そのうちのひとつが酸性化です。

海に溶け込む物質とその変化

海水の中には、様々な物質が溶け込んでいます(図1)。

図1:海水に含まれる主な物質
出典:川崎市資料「イオン交換膜 海中の資源を取り出して活用する」
http://www.keins.city.kawasaki.jp/content/ksw/2/ksw2_025-030.pdf, p27

ただ、これらの物質は常に安定して同じ濃度で存在しているわけではありません。分子や物質同士が様々な反応を起こしながら存在しています。

なかでも人間活動と関係が深いのは、海が大気中のCO2や生活排水の成分などを吸収していることでしょう。例えば「赤潮」は、生活排水によって海が富栄養化してプランクトンが異常発生する現象です。

同様に、海は大気中のCO2を吸収しています。その結果、次のようなことが起きています。

CO2吸収によって起きる海の酸性化と生物への影響

海中で多くの生き物のすみかとなるサンゴですが、そのサンゴや貝などの生き物にとって重要なのが、カルシウムイオンと炭酸イオンの存在です。サンゴや貝はこの2つのイオンが結合した炭酸カルシウムで骨格や殻を作っています(図2)。

図2:海中のカルシウムイオンと炭酸イオン
出典:地球環境研究センター「海から貝が消える?海洋酸性化の危機」
https://www.cger.nies.go.jp/ja/news/2014/140516.html

しかし産業革命以降、人間活動で大量のCO2が発生するようになりました。CO2が海に溶け込んでくると、それが酸として働き、炭酸イオンを減らしてしまいます。これが海の酸性化です。進行すると、海中では貝やサンゴが必要とする炭酸カルシウムが作りにくくなってしまいます(図3)。

図3:酸性化が進む海中でのカルシウムイオンと炭酸イオン
出典:地球環境研究センター「海から貝が消える?海洋酸性化の危機」
https://www.cger.nies.go.jp/ja/news/2014/140516.html

伊豆諸島の式根島には、海底から自然にCO2の泡が噴き出している場所があります。周辺の海水は酸性化してサンゴなどの量が減っており、海の酸性化がサンゴなどの生態に大きな影響を与えていることが分かります(図4)。

図4:式根島付近の海底。左はCO2の噴き出しの影響がない場所、右はCO2が噴き出している場所の近く
出典:「海洋酸性化の現状と影響」EICネット
https://www.eic.or.jp/library/pickup/278/

海洋酸性化の深刻さ

海洋酸性化はすでに、大きな問題として私たちの身近に迫っています。

アメリカの太平洋北西部で起きている牡蠣の大量死は海洋酸性化が原因であったことが2012年に明らかになったほか[*1]、『Science』誌では、2050年にはサンゴ礁が生成量以上に溶解する段階に入るという調査結果が掲載されています[*2]。

実際、海洋が吸収するCO2の量は年々増加しています(図4)。

図4:年間のCO2吸収量と排出量
出典:EICネット「海洋酸性化の現状と影響」
https://www.eic.or.jp/library/pickup/278/

そして、物質や液体の酸性・アルカリ性をはかる「pH」は、一例として北西太平洋亜熱帯域での場合、海の表面近くで8.1となっています(図5)。

図5:北西太平洋亜熱帯域でのpHの平均的な鉛直分布
出典:気象庁「海洋酸性化」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/mar_env/knowledge/oa/acidification.html

海面近くのpHは産業革命前に比べてすでに0.1程度低下していると推測されており、これは水素イオン濃度で約26%の増加に値します[*3]。

多くの海洋生物はpH8を極端に下回る環境で生存することは難しいとされ、pHの低下は危険な状況といえます。よって酸性化の食い止めは急がねばなりません。

海洋のもう一つの病、「デッドゾーン」

海水の質が変化することによる問題はもうひとつあります。

「デッドゾーン=死の海域」という、低酸素の海域の存在です。

そのうちのひとつであるアメリカ南部のミシシッピ川河口付近では、春に雨が降ると陸地の肥料や下水に含まれる養分が流れ込みます。すると河口付近で藻類が大発生し、この藻類が死んで分解される際に大量の酸素が消費されます[*4]。

このため、他の生物は酸欠状態になり、生存できなくなってしまうことから「デッドゾーン」と呼ばれています。
世界にはこのような海域がいくつかあります。そしてデッドゾーンの存在は、川から流れ込む養分だけが理由ではありません。

海水に溶けることのできる酸素の量は海水温によってほぼ決まり、海水温が高いほど溶けにくくなります[*5]。実際、大気によって温められやすい海面付近では酸素量は少なくなっています(図6)。

図6:深度と溶存酸素量の関係
出典:気象庁「溶存酸素量」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/mar_env/knowledge/koyusui/yozonox.html

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は海水中の酸素量は長期的に減少していることを報告しています(図7)。

図7:海洋の溶存酸素量の変化
出典:気象庁「貧酸素化」
http://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/mar_env/knowledge/deoxy/deoxygenation.html

海洋の貧酸素化は地球温暖化が原因であると考えられています[*6]。

海洋に治療方法はあるのか

このような形で、人間活動によるCO2排出量の増加や温暖化は海洋の生態系に大きな影響を与えつつあります。

海の多くの生き物を育むサンゴの寿命を延ばそうと、世界ではいくつかのアイデアが公表されています。

ひとつは、マイアミ大学の研究者が実施しているサンゴの養殖です。また、サンゴの栄養分になるものを「えさ」として与え続けることで酸性化した海でもサンゴが生き続けられるという研究も実施しています[*7]。

また、海洋のアルカリ度を高めることで酸性化に対抗しようというアイデアも披露されています[*8]。

ただ、いずれも応急処置にとどまる、あるいは実現までに長い期間を要するものであることに変わりはありません。

パリ協定達成で海の生物を守れるか

2015年に合意されたパリ協定では、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つ、とする(2℃目標)とともに、1.5℃に抑える努力を追求すること(1.5℃目標)が示されました。

しかし、IPCCの「1.5℃特別報告書」では、海洋資源についてこのような予測が示されています(図)。

図8:1.5℃の温暖化と2℃の温暖化が海洋生物に与える影響
出典:環境省「IPCC『1.5℃特別報告書』の概要(2019年7月版)」
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/6th/ar6_sr1.5_overview_presentation.pdf, p39

すでに厳しい見通しが示されているのが現実です。

海の健康状態は、食料安全保障上の問題など地上の私たちにとっても決して無関係ではありません。

CO2排出量をゼロにする努力、温暖化を食い止める努力に、早すぎる、やりすぎるということはないのです。

\ HATCHメールマガジンのおしらせ /

HATCHでは登録をしていただいた方に、メールマガジンを月一回のペースでお届けしています。

メルマガでは、おすすめ記事の抜粋や、HATCHを運営する自然電力グループの最新のニュース、編集部によるサステナビリティ関連の小話などを発信しています。

登録は以下のリンクから行えます。ぜひご登録ください。

▶︎メルマガ登録

ぜひ自然電力のSNSをフォローお願いします!

Twitter @HATCH_JPN
Facebook @shizenenergy

参照・引用を見る

*1

国連大学ウェブマガジン「牡蠣の大量死は二酸化炭素が原因」(2012年)
https://ourworld.unu.edu/jp/climate-pollution-killing-oysters

 

*2

Science「Coral reefs will transition to net dissolving before end of century」(2018年)
https://www.science.org/doi/abs/10.1126/science.aao1118

 

*3

気象庁「海洋酸性化」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/mar_env/knowledge/oa/acidification.html

 

*4

ナショナルジオグラフィック「『死の海域』が過去最大規模のおそれ、米国南部」(2009年)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/061100345/

 

*5、*6

気象庁「溶存酸素量」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/mar_env/knowledge/koyusui/yozonox.html

 

*7

ナショナルジオグラフィック「海の酸性化からサンゴを守る応急処置」(2015年)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20150120/432453/

 

*8

Advancing Earth and Space Science「Assessing ocean alkalinity for carbon sequestration」(2017年)
https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/2016RG000533

 

 

図1

川崎市資料「イオン交換膜 海中の資源を取り出して活用する
https://kawasaki-edu.jp/index.cfm/19,879,c,html/879/ksw2_025-030.pdf, p27

 

図2、図3

地球環境研究センター「海から貝が消える?海洋酸性化の危機」
https://www.cger.nies.go.jp/ja/news/2014/140516.html

 

図4

EICネット「海洋酸性化の現状と影響」
https://www.eic.or.jp/library/pickup/278/

 

図5

気象庁「海洋酸性化」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/mar_env/knowledge/oa/acidification.html

 

図6

気象庁「溶存酸素量」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/mar_env/knowledge/koyusui/yozonox.html

 

図7

気象庁「貧酸素化」
http://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/mar_env/knowledge/deoxy/deoxygenation.html

 

図8

環境省「IPCC『1.5℃特別報告書』の概要(2019年7月版)」
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/6th/ar6_sr1.5_overview_presentation.pdf, p39

 

メルマガ登録