禁止も規制もせずに人の行動を変える〜「ナッジ」は温暖化防止の魔法になるか

禁止も規制もせずに人の行動を変える〜「ナッジ」は温暖化防止の魔法になるか

温暖化を防止するには一人一人が行動を変えることが重要です。
しかし、頭では分かっていてもどこかで他人事のように感じてしまったり、つい便利な方を選んでしまったりと、これまで続けてきた「行動を変える」ことは難しいものです。

ましてや「他人の行動を変える」ことなど不可能なのではないか。
そんな問題を解決する糸口として注目されているのが「ナッジ」という手法です。

人の意思決定を「そっと」導く

「ナッジ」(=Nudge)とは、「ひじ等でそっと押して注意を引いたり前に進めたりすること」という意味です。

アメリカのリチャード・セイラー教授らが提唱した「ナッジ手法」は、セイラー教授が2017年にノーベル賞を受賞したことで日本でも話題になりました。

「ナッジ」は行動科学の知見から生まれたもので、

「選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素」

と定義されています。

人間の行動の95%は「無意識」

人間の行動システムについては、様々な研究がなされています。
中でも「二重過程理論」は、人の思考・行動には2つのシステムがあるとするものです(図1)。

図1 二重過程理論における行動システム(出所:「行動インサイトを基にした消費者政策」内閣府資料)
https://www.cao.go.jp/consumer/iinkai/2019/312/doc/20191225_shiryou1.pdf

システム1は反射的、いわば「無意識」に近い行動パターンです。一方、システム2は物事について熟慮した結果として起こす行動です。また、人間の行動の約95%は無意識の状況で行われており、意識的な行動は5%足らずだという研究結果もあります*1。

この「システム1」の部分にアプローチし、より良い選択を無意識的にできるようにする。
「ナッジ」はこのような考え方に基づいたものです。

小便器にハエの絵を描いてみたら・・・

ナッジの例としてよく知られているのが、アムステルダムの男子トイレの話です。

スキポール空港の男子トイレでは、小便器からそれた小便で汚れた床を掃除する手間がかかり、清掃の人件費が高くつく原因になっていました。
そこである職員がふと思いついて小便器にハエの絵を描いてみたところ、利用者はダーツのようにこのハエを狙うようにして用を足すようになり、清掃費が8割も減少したといいます。人の行動を良い方向に変化させたナッジの大きな成功例です。

また、イギリスで行われた心理学の実験では、「人の眼」があることで人の行動が変わることがわかりました*2。

実験が行われたニューキャッスル大学では、コーヒーや紅茶を飲んだら自主的に「正直箱」という箱に指定された金額を寄付する仕組みになっていました。
ここで実験者がこっそり、飲み物が置かれた台の前に「眼の写真」のポスターと「花の写真」のポスターを毎週貼り替えてみたところ、「眼の写真」のポスターを貼った週では、「花の写真」の週に比べて多くのお金が「正直箱」に入れられていたことが分かったのです。

週によっては「花の写真」の時よりも2倍以上のお金が入っていました。

この実験もまた、人間の行動パターンを利用することで、強制しなくても人の選択は「より望ましい」選択をするように変化するという事例です。

「ナッジ」は温暖化防止に応用できるか

そして、人々に温暖化防止に繋がる選択を促す手段としての「ナッジ」の研究も進んでいます。

霞が関の省庁でナッジ実験

2020年7月からのレジ袋有料化の前に、経済産業省、特許庁、財務省、外務省の省庁にあるコンビニ店舗ではある実験が行われていました。

これら4つのコンビニ店舗で3週間、店舗ごとにレジ袋に対する対応を変えるというものです。

その結果、買い物客が何も言わなくてもレジ袋を配布し、不要な人には「辞退カード」を提示してもらうようにした店舗ではレジ袋の辞退率は変わりませんでした。
一方、買い物客が何も言わなければレジ袋を配布せず、「申告カード」を提示すればレジ袋を配布するという状況を作った店舗では、レジ袋の辞退率が大幅に上昇しました。

また、レジ袋をもらうための申告カードの種類との組み合わせによって、その効果にも変化が現れています(図2)。

図2 レジ袋の対応とカードの組み合わせによる辞退率の変化
(出所:「ナッジを活用した庁舎内店舗におけるレジ袋削減の試行実験の結果を取りまとめました」経済産業省)
https://www.meti.go.jp/press/2019/03/20200327016/20200327016.html

ここで注目したいのは、カードの種類によって辞退率が異なっていることと、カードの設定を無くしたあとも比較的高い辞退率が継続していることです。
店舗の初期設定やカードのビジュアルによって人の行動を変化させることに成功したと考えられます。

チラシの違いで省エネ家電選択率が大幅変化

また、蛍光灯のシーリングライトを使っている約6,000人を対象に行われた実験があります。この6,000人を8グループに分け、「リビングの蛍光灯が切れたため、購入が必要」という設定で商品選びをしてもらいます。

図3 実験で使われた架空の商品カタログ
(出所:「話題の「ナッジ手法」も検証!省エネの輪を広げるための情報発信」資源エネルギー庁)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/shoene_nudge.html

商品は蛍光灯が1種類、他はLEDで、LEDは価格帯が6,200円〜26,600円と幅広く設定されています。

そして商品を選ぶ前に、7つのグループにはそれぞれ別のメッセージを見せ、比較対象として残り1グループには何のメッセージも見ない状態で商品を閲覧してもらいました。

結果として、LEDを選択した人の割合が大きかったのは以下の4種類のメッセージです。
以下のAからDのうち、どのメッセージが最も買い替えを促す結果を出したのでしょうか。

A)従来型メッセージ

B)従来型にナッジ手法を加えたメッセージ

C)従来型に省エネ以外の付加価値を加えたメッセージ

D)省エネ以外の付加価値とナッジ手法の両方を使ったメッセージ

図4-7 LEDへの買い替え意向を高めたメッセージ
(出所:「話題の「ナッジ手法」も検証!省エネの輪を広げるための情報発信」資源エネルギー庁)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/shoene_nudge.html

LEDの選択率は図8のようになりました。

図8 メッセージの違いとLED選択率
(出所:「話題の「ナッジ手法」も検証!省エネの輪を広げるための情報発信」資源エネルギー庁)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/shoene_nudge.html

AからDのいずれのメッセージを見た人も、メッセージなしで商品選択をしたグループに比べLEDの選択率は上がっています。

そして、興味深いのは購入価格です。

図9 メッセージの違いと選んだLED商品の平均価格
(出所:「話題の「ナッジ手法」も検証!省エネの輪を広げるための情報発信」資源エネルギー庁)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/shoene_nudge.html

Dのメッセージの特徴は、「蛍光灯かLEDか」の選択を迫るものではなく、LED購入を前提とした情報を提示していることです。

メッセージなしで商品を選んだグループよりも、平均価格は約1600円高くなっています。大きな差がついたと言えるでしょう。

また、大学生協で行われたこのような実験もあります。
一人暮らしを始める学生が購入する「家電セット」のチラシを2種類作ったところ、どちらのチラシを見たかで省エネ冷蔵庫の選択率が大きく変わったというものです。

作成されたチラシはこのようなものです(図10)。

図10 「新生活はじめてセット」として提示されたチラシ
(出所:「平成 29 年度 行動科学を活用した家庭部門における 省エネルギー対策検討会報告書 概要版」東京都)
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/climate/home/cat8690/index.files/houkokusyo-gaiyou.pdf p13

「介入群チラシ」と「対照群チラシ」の違いは、冷蔵庫の選択肢の表記順です。

介入群チラシでは、省エネ型冷蔵庫がデフォルトで、それよりも安い非省エネ型冷蔵庫への変更も可能という表記です。一方の対照群チラシはその逆で、非省エネ型冷蔵庫がデフォルトで、省エネ型冷蔵庫への変更も可能、という表記になっています。

その結果、省エネ型冷蔵庫の選択率はこのようになりました(図11)。

図11 チラシの違いによる省エネ冷蔵庫の選択率
(出所:「行動科学を活用した家庭部門における省エネルギー対策に資する実証実験 単身①:大学新入生向省エネ家電購入促進実証結果報告(速報)東京都資料)
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/climate/home/cat8690/200300a20180207163334179.files/tannshinn1jisshou.pdf p10

「介入群」つまり「省エネ型冷蔵庫をデフォルトにし、それよりも安い非省エネ型冷蔵庫に変更可能とした」チラシを見た人の方が、省エネ冷蔵庫を選択した割合が圧倒的に多いという結果です。

そして、この行動の変化によって得られる省エネ効果も計算されています。介入群のチラシを受け取った人は、対照群に比べて年間のCO2排出量を約10.6%削減できる効果があります(図12)。

図12 各群の冷蔵庫の年間平均CO2排出量
(出所:「行動科学を活用した家庭部門における省エネルギー対策に資する実証実験 単身①:大学新入生向省エネ家電購入促進実証結果報告(速報)東京都資料)
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/climate/home/cat8690/200300a20180207163334179.files/tannshinn1jisshou.pdf p11

これは関東甲信地方の集合単身世帯の家電製品による年間CO2排出量の約2.1%に相当します。
情報提示のちょっとした違いがそっと背中を押し、家電購入の選択に変化を与えています。

「自分で選択した」という気持ちの大きさ

ここまで、「ナッジ」に関する様々な事例を紹介してきました。

人の無意識がどのような情報によってどのような行動に向かうかが全て解明されているわけではないので、ナッジの実施のためには様々な実証実験が必要になります。しかし、特に何かを禁止したり、逆に経済的なインセンティブを与えたりするわけでもなく、自然と望ましい選択に向かわせるナッジの手法は「魔法のようだ」とも言われます。

ナッジ手法の最大の特徴は個人の選択の自由を奪うものではないという点です。
「禁止」「規制」となると個人の選択肢は強制的に決められますが、自分で選択できるものの中から「良きもの」に向かうという仕掛けがナッジです。

もちろん、場合によっては使い手の倫理観が問われます。悪い行動に導くことも理論的には可能だからです。

しかし、個人の行動が無意識の内に、自然と変わっていく仕組みができれば、温暖化防止に向けた一人一人の意識は変わり、一人一人の行動の積み上げがより効果的な温暖化対策となることは間違いありません。

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参照・引用を見る

図1「行動インサイトを基にした消費者政策」内閣府資料
https://www.cao.go.jp/consumer/iinkai/2019/312/doc/20191225_shiryou1.pdf

図2「ナッジを活用した庁舎内店舗におけるレジ袋削減の試行実験の結果を取りまとめました」経済産業省プレスリリース
https://www.meti.go.jp/press/2019/03/20200327016/20200327016.html

図3-9「話題の「ナッジ手法」も検証!省エネの輪を広げるための情報発信」資源エネルギー庁
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/shoene_nudge.html

図10「平成 29 年度 行動科学を活用した家庭部門における 省エネルギー対策検討会報告書 概要版」東京都
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/climate/home/cat8690/index.files/houkokusyo-gaiyou.pdf p13

図11、12「「行動科学を活用した家庭部門における省エネルギー対策に資する実証実験 単身①:大学新入生向省エネ家電購入促進実証結果報告(速報)」東京都資料
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/climate/home/cat8690/200300a20180207163334179.files/tannshinn1jisshou.pdf  p10、p11

 

*1 「行動インサイトを基にした消費者政策」内閣府資料
https://www.cao.go.jp/consumer/iinkai/2019/312/doc/20191225_shiryou1.pdf

*2「脳に刻まれたモラルの起源」金井良太 著、岩波科学ライブラリー p78-80