手軽な移動手段である自転車。
環境に優しいことから、持続可能な社会を構築していく上で重要な手段として再注目されています。
そのため、近年では世界中で自転車に関する取り組みが盛んに行われていますが、具体的にどのようなものがあるのでしょうか?
CO2 排出量が少ない移動手段
世界的に再注目されている理由の1つに、エコな移動手段だということが挙げられます。
自転車は原則的には燃料を必要としません。
CO2 排出量について、調査報告書によっては「自転車はCO2 排出量ゼロ」としている統計もありますが、厳密にいえばゼロではないという報告書が多く見られます。
その理由として、まず人間は食料を食べることによって自転車をこぐエネルギーを得ています。
つまり動力源は食料であり、食料を生産する過程で発生するCO2排出量も含める必要があります。
そして、自転車の製造過程などで排出されるCO2を含めると、自転車で移動した場合、1kmあたりのCO2 排出量は21gになります。(図1)
同様にライフサイクルCO2排出量で自動車と比較すると排出量が10倍も高いことから、当然ながら自転車がエコとして認識されているのです。
また最近、電動アシスト自転車も使用されるようになりました。電動アシスト自転車の1kmあたりのライフサイクルCO2 排出量は22gであり、身体にも環境にも負担がかからないと注目を集めています。*1
ライフサイクルCO2 排出量の比較 (乗客1名、1kmあたりのCO2 排出量)
自転車 | 21 g |
電動アシスト自転車 | 22 g |
乗用車 | 271 g |
(図1)出所)European Cyclists’ Federation「Cycle more Often 2 cool down the planet !
l」を基に筆者作成
https://ecf.com/sites/ecf.com/files/ECF_CO2_WEB.pdf p9-14
現在の自転車使用状況
このように利点が多い移動手段ですが、日本では全世帯に占める自転車保有率は 66.3%、また保有世帯における平均保有台数では 1.85 台となっています。*2
実際に自転車を使用する用途(複数回答)としては、「買い物」が半分を占め(50.9%)、「趣味・遊び」 31.3%、「通勤」22.9%、「サイクリング」14.6%と続きます。*3
世界の自転車乗車傾向としては、39か国を対象に2017年と2018年を比べたところ、自転車を使用する人が6%増加しています。
また使用用途として、通勤に使用する人が+ 7%、レジャー用に使用する人が+ 3%それぞれ伸びています。*4
事故件数と原因
自転車は軽車両ですので、残念ながら事故も発生しています。
警察庁の統計によると、令和元年中の自転車関連事故は80,473件であり、前年よりは減少しました。(図2)*5
しかしながら、令和元年中における自転車乗用中の交通事故による死傷者の約7割(死者の77.0%、負傷者の62.7%)は、自転車側にもいくらかの法令違反が認められています。*6
(図2)出所)警察庁「自転車は車のなかま~自転車はルールを守って安全運転~ 」
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bicycle/info.html
内閣府が行った調査によると、国民は自転車の安全対策の強化の必要性を感じています。
特に歩行者の77.8%は交通安全教育を望んでいます。
それは2017年以降、自転車と歩行者の交通事故は増加傾向となっている点からも明らかです。*6
また自転車レーンの設置も求める声が多く上がっています。
(図3)出所)
内閣府「国民の自転車利用の安全性に関する実態と安全利用に対する意向 p62」
https://www8.cao.go.jp/koutu/chou-ken/h22/pdf/houkoku/4.pdf
自転車は、道路交通法上は軽車両となっているため、本来であれば歩道ではなく、車道を通行するのが原則です。
日本ではまだ歩道を走る傾向がありますが(図4)、法律的には他国のように日本でもスピードを出し車道を走るべき乗り物です。
(図4)出所)内閣府「国民の自転車利用の安全性に関する実態と安全利用に対する意向 p55」
https://www8.cao.go.jp/koutu/chou-ken/h22/pdf/houkoku/4.pdf
また、令和元年中における自転車関連事故の約82%が自動車との交通事故ですので、注意が必要です。*6
将来的に自動車の代用として自転車利用を考えるには、スピードが重視されるポイントとなるでしょう。
そのため、自動車道路とは別の「自転車レーン」の増加は全国的に期待されます。
海外の対策例
自転車利用者が増えると、前述のような自動車との交通事故も増えるようなイメージがあります。
しかし海外のデータを見ると、自転車の利用者が多くなるほど、より安全になる傾向が見られます。理由としては、自動車運転者が自転車利用者をより意識するようになること、また運転者自身も自転車利用者である確率が高くなり、事故を未然に防ぎやすくなることなどが挙げられています。*7
下のグラフでは、自転車による移動の割合が高まるほど、走行距離あたりの自転車乗用中死者の件数が下がることが示されています。(図5)
(図5)出所)European Cyclists’ Federation「Safety in numbers: European comparison」p7
https://ecf.com/sites/ecf.com/files/ECF_Road_safety_charter.pdf
また、自動車との交通事故を減少させるためにオランダ政府では、市街地のすべての道路で自動車の速度制限を50km / hから30km / hに変更することが承認されました。
目的としては、子供が集中している地域での道路の死傷者を減らすことです。*8
この速度制限はスイス、フランスなどでも実施されており、この措置により、事故が減少し、騒音被害も大幅に減少しています。*9
自転車を効率的に利用している国
さて、「自動車より自転車の方が多い町」、又は「人口より自転車台数の方が多い国」と聞くと耳を疑うかもしれませんが、実際存在します。
2016年、コペンハーゲンは、歴史上初めて、路上に車よりも自転車の数が多いことを発表しました。*10
また、オランダは人口より自転車台数の方が多い国として知られています。(図6)
(図6)出所)CROW「Cycling in the Netherlands-Bicycle ownership」 p14 https://www.fietsberaad.nl/CROWFietsberaad/media/Kennis/Bestanden/CyclingintheNetherlands2009.pdf
コペンハーゲンは自転車に適応している都市のランキング「Copenhagenize index 2019」で2015年以降トップの座を維持しています。*11
これは2011年以来の隔年で発表しているランキングであり、自転車に優しい都市の指標として注目されています。
コペンハーゲン市民の62%は通勤、通学手段として自転車を使用しています。つまり人口の半数以上が毎日自転車を使用しているのです。
また、コペンハーゲン市は合計2,060万ユーロを投資し、合計167キロメートルにも及ぶ自転車専用道路を建設しています。
道路には街灯や修理場などを設置し、道の幅を広げるなど快適な道を築き上げました。2018年の調査によると、この改善の結果、自転車の交通量は最大で68%増加しました。
その内の14%は通勤手段として車から乗り換えています。*12
自転車のプロジェクト 世界の取り組み
コペンハーゲンのように通勤手段として車から乗り換える運動は世界各地で行われています。
例えば自転車にやさしい企業を認定する制度「Bicycle Friendly Business Program」は2008年に米国で取り入れられました。
EUでも2014年から「The cycle-friendly employer certification」の名で、また日本でも2020年から「自転車通勤推進企業」宣言プロジェクトとして認定制度が始まりました。*13
認定されるには駐車場の設置など、企業側は自転車通勤者のために設備を整える必要があります。しかし、自転車で通勤する社員はBMI(ボディマス指数=体重と身長から算出されるヒトの肥満度を表す体格指数)が低めで、自動車出勤者に比べると病欠日数が3分の1も少なくなっています。、更に自動車通勤車で起こる渋滞が解消され遅刻減少など、様々な利点が報告されています。*14
旅行、観光で使用する動き
また、観光分野でも自転車を活用するプロジェクトが注目されています。
日本政府は2018年6月、自転車活用推進計画を閣議決定しました。
その一環として「サイクルツーリズムの推進による観光立国の実現」があります。*15
この計画は自転車の活用による観光地域づくりを目的としており、国は指定している要件を満たしたサイクリングルートを「ナショナルサイクルルート」と認定します。認定されるには観光資源はもちろんのこと、走行環境や受入環境、情報発信など、官民が連携し体制を整える必要があります。現在、茨城県の「つくば霞ヶ浦りんりんロード」、滋賀県の「ビワイチ」、広島県から愛媛県の「しまなみ海道サイクリングロード」の3ルートが指定要件を満たしています。*16
同様にヨーロッパでも欧州サイクリスト連盟(ECF)が認定する「EuroVelo」があります。ヨーロッパ大陸全体をつなぐ長距離自転車ルートは、現在17のルート、合計90,000kmで構成されています。*17
発展途上国が抱える交通アクセスの問題
このように先進国では環境や健康問題の解決策として自転車は関心を集めていますが、一方で純粋な移動ツールとして、もしくは災難や危機的状況の時に自転車が活躍するという例があります。
一つ目は非営利団体「Worldbike」が行なっている自転車支援プロジェクトです。
今日、世界中で10億人以上が身近な交通手段がありません。
特に緊急性を伴う診察に間に合わない、また学校が遠い町にあるため通うことができないなどの深刻な問題に直面しています。
そこで自動車に比べて安い自転車を利用する「Worldbike」のプロジェクトが注目を集めています。*18
このWorldbikeのプロジェクトは貧しい地域に移動手段として利用してもらうことを念頭に置き、低コストで耐久性を備えた自転車を設計しました。
現地でも修理できるように構成されていることもポイントであり、国際機関やNGOなどの協力によりアフリカ諸国、中米、アジア地域でも展開されています。
緊急事態に対応できる移動ツールとしても注目
二つ目は震災時の避難方法として自転車が注目されていることです。
例えば、自転車の有効性について検討することを目的とした避難訓練(愛知県田原市)では、徒歩と比較すると自転車は所要時間平均値が早く、到着遅れの人を減らす効果が見込めることが分かりました。*19
もちろん、地域の地理条件にもよることや、震災時には地表には亀裂が走ったり大きく盛り上がったりする現象も見られるため、自転車を使用できないケースもあるでしょう。
しかし、災害時に活躍する釘がささっても走れる自転車も開発されており、今後避難方法の一つとしての活躍が期待されます。*20
コロナ禍による世界の自転車市場の変化
最後は「密閉」を避けるために自転車が注目されていることです。
今年は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、世界的に生活環境が変わりました。
東京における自転車通勤の調査によると、自転車通勤者500人のうち、新型コロナ流行後に自転車通勤を開始した人 が23.0%、また周りで以前よりも自転車通勤への関心が高まっていると感じる率は72.4%となっています。*21
世界でも同じ傾向が見られ、世界の自転車市場は2027年までに346億ドルに達すると予測されています。*22
また電動自転車市場は2019年に154億2000万米ドルに達し、2020年から2025年の予測期間中に年平均成長率(CAGR)7.49%を示すと予想されています。*23
自転車をより身近に
このように世界では多様な利用方法があり、データからもわかるように将来的にますます自転車の利用者は増加する見込みです。
地球温暖化対策、渋滞緩和、運動不足の解消、災害時の移動手段など利点は多くありますが、一方で交通事故、飲酒運転、過労運転、スマートフォンを見ながらの運転などのマナーが問題になっています。
今後は自転車の安全対策を強化し、同時に各地で自転車レーン設置など自転車環境を整備することが求められます。
参照・引用を見る
*1
出所)European Cyclists’ Federation「Environmental」
https://ecf.com/resources/cycling-facts-and-figures/environmental
*2
出所)一般財団法人自転車産業振興協会「平成 30 年度自転車保有実態に関する調査報告書 p7」
http://www.jbpi.or.jp/report_pdf/rep_jgy_181119_Part1.pdf
*3
出所)一般財団法人自転車産業振興協会「平成 30 年度自転車保有実態に関する調査報告書 p12」
http://www.jbpi.or.jp/report_pdf/rep_jgy_181119_Part1.pdf
*4
出所)Eco-Counter 「1. Global progression」
https://www.eco-compteur.com/en/2019-worldwide-cycling-index/
*5
出所)警察庁「自転車は車のなかま」
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bicycle/info.html
*6
出所)政府広報オンライン「暮らしに役立つ情報」
https://www.gov-online.go.jp/featured/201105/
*7
出所)European Cyclists’ Federation「Halving injury and fatality rates for cyclists by 2020」p6
https://ecf.com/sites/ecf.com/files/ECF_Road_safety_charter.pdf
*8
出所)European Cyclists’ Federation「30 is the new 50: the Dutch reduce the default speed limit nation-wide」
https://ecf.com/news-and-events/news/30-new-50-dutch-reduce-default-speed-limit-nation-wide
*9
出所)paris
https://www.paris.fr/pages/generalisation-du-30-km-h-a-paris-a-vous-la-parole-9496
*10
出所)The Guardian
https://www.theguardian.com/cities/2016/nov/30/cycling-revolution-bikes-outnumber-cars-first-time-copenhagen-denmark
VisitDenmark
https://www.visitcopenhagen.com/copenhagen/activities/8-reasons-youll-love-biking-copenhagen
*11
出所)Copenhagenize index2019
https://copenhagenizeindex.eu/the-index
*12
出所)Copenhagenize index2019「COPENHAGEN」
https://copenhagenizeindex.eu/cities/copenhagen
*13
出所)Bicycle Friendly Business Program
https://www.bikeleague.org/business
出所)The cycle-friendly employer certification
https://cfe-certification.eu
出所)『自転車通勤推進企業』宣言プロジェクト
https://www.mlit.go.jp/report/press/road01_hh_001308.html
*14
出所)The cycle-friendly employer certification「Benefits for businesses」
https://cfe-certification.eu/about/benefits
*15
出所)国土交通省「自転車活用推進計画」
https://www.mlit.go.jp/road/bicycleuse/good-cycle-japan/jitensha_katsuyo/
*16
出所) 国土交通省 「ナショナルサイクルルートとは」
https://www.mlit.go.jp/road/bicycleuse/good-cycle-japan/national_cycle_route/
*17
出所)EuroVelo
https://en.eurovelo.com/
*18
出所)Worldbike
http://www.worldbike.org/
*19
出所)津波避難における移動手段と自転車活用に関する研究
―南海トラフ地震に備える愛知県田原市の訓練事例-
地域安全学会論文集 No.28, 2016.3
http://isss.jp.net/isss-site/wp-content/uploads/2016/03/2015-042.pdf
*20
出所)アサヒサイクル株式会社「ノーパンクタイヤ自転車」
http://www.asahicycle.co.jp/product/protectia/
*21
出所) au損害保険株式会社「東京都の「自転車通勤」に新型コロナが与えた影響を調査」
https://www.au-sonpo.co.jp/corporate/news/detail-240.html
*22
出所)Global Market Trajectory & Analytics「Bicycles」
https://www.strategyr.com/market-report-bicycles-forecasts-global-industry-analysts-inc.asp
*23
出所)Mordor Intelligence LLP「E-BIKE MARKET – GROWTH, TRENDS, AND FORECASTS」
https://www.mordorintelligence.com/industry-reports/e-bike-market