エコツーリズムとは、旅行者が訪れる土地の自然や歴史文化を学ぶ観光のあり方です。
エコツーリズムは環境問題についての理解を向上させるだけでなく、地域経済の活性化や自然保護につながる「持続可能な観光」として世界で注目されています。
しかしエコツーリズムという言葉を耳にしたことがある方の中でも、実際にエコツーリズムに基づいたエコツアーに参加したことのある方は少ないのではないでしょうか。
今回は日本と世界のエコツーリズムの取り組みについて紹介します。
エコツーリズムとは
エコツーリズムとは ”ecological”, “tourism” を合わせた造語で、自然環境や自然文化、歴史遺産などを対象とした旅行の形態です。
旅行者はその土地の生態系や環境の価値を理解し、それを損なうことなく体験し学ぶことを目的としています。
エコツーリズムには環境保全、観光振興、地域振興の3つの効果があります。(図1)
図1 エコツーリズムとは
*出典1:環境省パンフレット「エコツーリズム普及と定着のための5つの推進方策」(2004)p1
https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotourism/pamphlet/pdf/suisinhousaku.pdf
エコツーリズムは参加する旅行者の環境への意識を向上させる環境教育の側面を持っています。
自然環境に直に触れる経験は、ゴミの分別やエネルギー資源の節約、環境に優しい製品の選択などの環境問題解決に貢献する行動への強い動機となります。
そして新たな自然保護活動への参加に踏み出すきっかけにもつながるでしょう。
またエコツーリズムの特徴の一つとして自然や歴史文化の専門知識を持つツアーガイドによる解説があります。
エコツーリズムの理念に則ったエコツアーでは、訪れるその土地の野生動植物や生態系を損なわないように専門のガイドのもとで実施されます。
そのため自然や歴史文化に精通したガイドの育成もエコツーリズムを成立させる重要な要素です。
そしてエコツーリズムのガイドの育成は地域の雇用創出となります。
有名な文化遺産など環境資源が乏しい地域であってもエコツーリズムによって新たな観光資源や旅行ニーズを発掘され、観光振興や地域経済活性化にもつながります。(図2)
図2 エコツーリズム成立のためのポイント
*出典2:環境省パンフレット「エコツーリズム推進ガイド 」(2010)p4
https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotourism/pamphlet/pdf/dekirukoto2.pdf
ではエコツーリズムは普通の観光旅行とどのような違いがあるのでしょうか。
図3はエコツーリズムとマスツーリズム(一般的な観光旅行)の自然環境への影響に関する比較です。
図3 マスツーリズムとエコツーリズム の違い
*出典3:日本自然保護協会HP「エコツーリズムの定義」
https://www.nacsj.or.jp/archive/1994/08/855/
近年観光客によってその地域の自然や文化、住民に弊害をもたらす観光公害(オーバーツーリズム)が世界中で問題になっています。
過剰な観光資源の開発や観光客の行動によって熱帯林やサンゴ礁などの生態系や歴史的価値のある文化遺産が破壊されています。
そのため先進国をはじめとして世界では「持続可能な観光」を推進する取り組みが進んでおり、エコツーリズムもその一つです。
エコツーリズムの考えを実践するエコツアーにはさまざまな種類があります。
エコツアーでは自然環境と触れるネイチャーツアーだけでなく、その土地の歴史文化を学んだり生活を体験するツアーも含まれます。
次の表1はエコツアーの種類とツアー例です。
表1 エコツアーの種類とエコツアー例
*出典4:環境省「エコツーリズム とは」p22
https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotourism/env/5policy/pdf/2-1.pdf
このようにエコツアーにはさまざまな種類があり、旅行者のニーズに対応しているのもエコツーリズムの特徴です。
エコツーリズムの歴史と現状
エコツーリズムは1970年代後半に発展途上国の観光を要因とした森林破壊などを受けて、観光による経済振興と自然保護の両立を目指して生まれた考え方です。
その後は先進国を中心として持続可能な観光の概念の一つとして普及が進みました。
エコツーリズムが世界で最初に提唱されたのは1982年のIUCN(国際自然保護連合)の第3回世界国立公園会議と言われています。
日本では1990年に初めて当時の環境庁が正式にエコツーリズムの概念を提唱しました。
そして1993年に白神山地と屋久島が世界自然遺産に登録されたことを契機として、国内のエコツアーの需要が高まりました。
次の表2は日本のエコツーリズムの道のりです。
表2 日本におけるエコツーリズムに至る経過
*出典5:京都大学「エコツーリズム 地域による持続的発展の可能性」(2014)p67
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/218074/1/kronso_188_1_59.pdf
2007年には環境省がエコツーリズム推進法を制定し、翌年施行されました。
エコツーリズム推進法とは地域でエコツーリズムに取り組む総合的な枠組みを定めた法律です。
この法律によって自然公園などの保護地域への立ち入り禁止や人数制限など、罰則を含むルール作りも可能となりました。
エコツーリズム推進法に基づいてエコツーリズムを推進している地域に対して、国が支援を行っています。
2009年にエコツーリズム認定自治体第1号に埼玉県飯能市が認定されたことを皮切りに、2020年3月1日現在では17の地域が推進地域に認定されています。
図4 17のエコツーリズム推進地域
*出典6:環境省パンフレット「さあ楽しもうエコツーリズム」(2020)p3
https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotourism/pamphlet/pdf/enjoyecotour.pdf
これらの推進地域では自然環境を損なわないためのルールづくりやガイド育成など自然資源を持続的に活用するための計画「エコツーリズム推進全体構想」を作成しています。
世界と日本のエコツーリズム
海外と日本ではエコツーリズムの位置付けにどのような違いがあるのでしょうか。
ここではエコツーリズムの国内外の取り組みを紹介します。
海外でのエコツーリズム
エコツーリズム先進国であるオーストラリアでは、1994年に国内外の観光、エコツアーの発展を目的とした国家エコツーリズム計画を構築し連邦政府の支援のもと観光計画を拡大し推進してきました。
オーストラリアでは自然に触れる機会も多く、子どもへの環境教育プログラムも充実していることから、エコツーリズムの認知度も高くなっています。
次の図5はオーストラリアのエコツーリズムに関する意識調査の結果です。
図5 オーストラリアのエコツーリストの比率
*出典7:環境省「エコツーリズムに関する国内外の取組みについて」p11
https://www.env.go.jp/council/22eco/y220-01/mat_03.pdf
意識調査では27.6%が「絶対エコツーリストである」、29.0%が「たぶんエコツーリストである」と回答しており、エコツーリズムが一般に浸透していることがわかります。
またオーストラリアでは1996年から観光業界が提供するエコツアーに対して、エコツーリズムの認証制度を実施しています。
この認証制度では経済的持続性、生態的持続性、社会的持続性の3つの観点から評価されます。(表3)
表3 オーストラリアのエコツーリズム認証制度
*出典8:知床エコツーリズム 推進協議会「知床エコツーリズム 推進計画」(2005)p22
http://shiretoko-whc.com/data/management/tekisei/eco_plan.pdf
表3の認定レベルについて簡単に説明すると、ネイチャーツーリズムは自然を体験することに重点をおいたツアーです。エコツーリズムはネイチャーツーリズムに環境・文化保全に関する体験プログラムを追加したツアーで、訪れた地域への環境負荷を最小限にすることが求められています。
そして上級エコツーリズムはエコツーリズムの要件を満たしたものでも特に優良な商品で体験プログラムがメインとなっているツアーです。
上級エコツーリズムに選ばれるには自然環境保護、地域社会への貢献、先住文化への配慮が認定基準となっています。
エコツーリズムの認証制度はエコツアーの質の低下を防ぎ、観光業界全体に意識の向上をもたらします。
次にエコツーリズム発祥国としても知られるコスタリカについて紹介します。
熱帯雨林など豊富な自然を有するコスタリカはエコツーリズムマーケットを牽引する存在です。
コスタリカでは政府や自然科学者の働きかけによって1980年前後に自然保護区を制定する動きが広がりました。1990年代以降は熱帯雨林減少や森林伐採も問題となり森林保全の活動も活発化しました。
政府の働きがけでエコツーリズム の研究者と連携をとりながら観光資源としての活用を目的とした自然保護区の研究も行われ、エコツーリズム の導入を推進しました。
現在のコスタリカは国土の約1/4が自然保護区または国立公園であり、希少な動植物も数多く生息しています。
そして自然保護区の制定とともに、国立公園や自然保護区を観光資源として北米や欧州など海外からの観光客が増加しました。(図6)
図6 コスタリカの外国人観光客の入場者推移
*出典9:日本国際観光学会論文集(第19号)「コスタリカにおける「エコツーリズム」 イメージの創造と近年の変化」(2012)p80
http://www.jafit.jp/thesis/pdf/12_11.pdf
このような海外からの観光客の増加に伴い宿泊施設も多く建設されたました。
そして宿泊施設に対しても環境と経済の両立を目指してサスティナブル・ツーリズム認定と呼ばれる認定制度を設けています。
評価の基準は環境と経済の持続可能な取り組みを行っているかどうかで、サスティナブル・ツーリズム認定で高評価を得ている宿泊施設は、ホテル内の電力をすべて太陽光発電でまかなっている、館内のレストランでは有機農法で作った食材を使用しているなどがあります。
コスタリカは国を挙げてエコツーリズムを推進した成功例と言えるでしょう。
国内のエコツーリズムの取り組み
次に日本国内でのエコツーリズムの取り組みについてみていきましょう。
エコツーリズムへの注目が高まったきっかけのひとつでもある世界自然遺産の屋久島では積極的にエコツアーを実施しています。
屋久島のエコツアーでは登録された認定ガイドによって実施され、縄文杉のトレッキング、ウミガメの観察、体験ダイビング、リバーカヌーなど幅広いプログラムがあります。(図7)
また地元の住民を中心としたツアープログラムの開発にも取り組んでおり、昔から自然と共存して生活をしていた人たちの声を取り入れたエコツアーの商品化を目指しています。
図7 屋久島エコツアーフィールドマップ
*出典10:環境省「屋久島エコツーリズムガイドブック」p4
http://www.env.go.jp/park/kirishima/data/files/yakushima10.pdf
図8で示すように、屋久島ではエコツアーの実施によって入山者数が2倍以上に増加しています。
図8 屋久島の入山者数の推移
*出典 11:環境省「エコツーリズム の推進について」(2010)p2
https://www.mlit.go.jp/common/000059718.pdf
しかし入山者の急増はさまざまな問題を引き起こしています。
山岳部への観光客が増えることで縄文杉の踏み荒らしやゴミ処理問題、路上駐車の増加などさまざまな課題が顕在化しています。(図9)
図9 山岳部の利用に伴う課題
*出典 11:環境省「エコツーリズム の推進について」(2010)p2
https://www.mlit.go.jp/common/000059718.pdf
屋久島のエコツーリズムでは自然環境への負荷や生態系への破壊、利用マナーの低下などの課題を改善するために、環境に配慮した利用ルール作りや屋久島ガイド登録制度の拡充などのさまざまな取り組みを実施しています。(図10)
図10 エコツーリズム 屋久島の取り組み
*出典11:環境省「エコツーリズム の推進について」(2010)p3
https://www.mlit.go.jp/common/000059718.pdf
また沖縄県では全国に先駆けて1990年代からエコツーリズムの取り組みを進めています。
沖縄のエコツアーは自然体験をメインとしたものが多く、離島の自然体験ツアー、マングローブ・サンゴ礁観察、カヌー体験など多岐に渡ります。
沖縄独自の文化や自然と人の暮らしの共生などを学ぶことができるプログラムも充実しています。
沖縄県は1970年代から観光客数が右肩上がりで増加傾向にあり、2010年以降は海外からの観光客が特に増えてきます。
そして海外からの観光客はエコツアー体験割合が高いことが特徴です。
図11 入域観光客数に対するエコツアー体験割合
*出典12:沖縄県「平成30年度エコツーリズム 推進プラットフォーム事業」(2018)p10
https://www.pref.okinawa.jp/site/bunka-sports/kankoshinko/ukeire/jinzai/documents/ekohoukokusyo.pdf
図11を見ても分かる通り、海外からの観光客のエコツアーの体験割合は増加傾向にあります。
一方で国内の観光客はエコツアーの体験割合は海外からの観光客と比較して1/10程度に留まっており、さらに過去5年横ばいです。
最後にご紹介するのは2014年度に内閣府によって実施された環境問題に関する世論調査の結果です。
以下の図10、図11エコツーリズムの言葉の認識度とエコツアーの参加状況です。
図12 エコツーリズムの言葉の認識度
*出典13:内閣府「環境問題に関する世論調査:エコツーリズムの言葉の認識度」(2014)
https://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-kankyou/zh/z02.html
図13 エコツアーの参加状況
*出典14:内閣府「環境問題に関する世論調査:エコツアーの参加状況」(2014)
https://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-kankyou/zh/z03.html
この世論調査の結果ではエコツーリズムの言葉の意味を理解している人が13.8%、エコツアーに参加したことがある人に至ってはわずか3.6%となっています。
調査の結果からも日本ではエコツーリズムの考え方は未だに浸透していないということがわかります。
まとめ
エコツーリズムの普及は環境への意識を高めるだけでなく、地域の新たな観光資源の発掘や持続可能な地域づくりにも貢献します。
一方で日本国内ではまだまだ普及が進んでおらず、推進のためには多くの課題が残っています。
課題解決にはエコツーリズムの理念を正しく普及させること、子ども世代からの環境教育、エコツアーの多様化などの様々な取り組みが必要です。
まずはエコツーリズムの目的やその効果について正しく理解することが大切です。
最後にエコツアーを楽しむための3つのポイントを紹介します。
図14 エコツアーを楽しむポイント
*出典15:環境省パンフレット「さあ楽しもうエコツーリズム 」(2019)
https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotourism/pamphlet/pdf/tanoshimou2.pdf
「みる・ふれあう・学ぶ」このような実体験として自然に触れることは、自然に興味を持ち環境問題解決のアクションをとる大きなきっかけとなります。
そして環境問題の解決には何より一人一人の意識の変化と日常の行動の積み重ねが重要です。
まずは楽しむことを第一に、気軽にエコツアーに参加してみてはいかがでしょう?
参照・引用を見る
- 環境省パンフレット「エコツーリズム普及と定着のための5つの推進方策 」(2004)
https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotourism/pamphlet/pdf/suisinhousaku.pdf
- 環境省パンフレット「エコツーリズム推進ガイド 」(2010)
https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotourism/pamphlet/pdf/dekirukoto2.pdf
- 日本自然保護協会HP「エコツーリズムの定義」
https://www.nacsj.or.jp/archive/1994/08/855/
- 京都大学「エコツーリズム 地域による持続的発展の可能性」(2014)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/218074/1/kronso_188_1_59.pdf
- 環境省パンフレット「さあ楽しもうエコツーリズム 」(2020)
https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotourism/pamphlet/pdf/enjoyecotour.pdf
- 環境省「エコツーリズムに関する国内外の取組みについて」https://www.env.go.jp/council/22eco/y220-01/mat_03.pdf
- 知床エコツーリズム 推進協議会「知床エコツーリズム 推進計画」(2005)
http://shiretoko-whc.com/data/management/tekisei/eco_plan.pdf
- 日本国際観光学会論文集(第19号)「コスタリカにおける「エコツーリズム」 イメージの創造と近年の変化」(2012)p80
http://www.jafit.jp/thesis/pdf/12_11.pdf
- 環境省「屋久島エコツーリズムガイドブック」p4
http://www.env.go.jp/park/kirishima/data/files/yakushima10.pdf
- 環境省「エコツーリズム の推進について」(2010)
https://www.mlit.go.jp/common/000059718.pdf
- 沖縄県「平成30年度エコツーリズム 推進プラットフォーム事業」(2018)
https://www.pref.okinawa.jp/site/bunka-sports/kankoshinko/ukeire/jinzai/documents/ekohoukokusyo.pdf
- 内閣府「環境問題に関する世論調査:エコツーリズムの言葉の認識度」(2014)
https://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-kankyou/zh/z02.html
- 内閣府「環境問題に関する世論調査:エコツアーの参加状況」(2014)
https://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-kankyou/zh/z03.html
- 環境省パンフレット「さあ楽しもうエコツーリズム 」(2019)https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotourism/pamphlet/pdf/tanoshimou2.pdf