保存食は元々、旬の時期だけにしか入手できない食品を長持ちさせるために生まれたものです。
しかし、食糧危機や食品ロスが問題になる中、非常食ともなる保存食の重要性は増しています。
この記事では、保存食の歴史や文化に触れるとともに、非常食として用いられる保存食の問題について紹介していきます。
保存食とは[*1]
保存食とは、長期間にわたって常温で保管できるよう、加工や処理を施した食品のことです。
身近な保存食としては、梅干し・沢庵といった漬物や、干し椎茸・切り干し大根といった乾物などが挙げられます。
漬物については塩や砂糖、酢に漬け込むことで、乾物については日に干すことで保存性を高めたものです。
煙で燻した燻製、有用な微生物の働きを促進して腐敗を抑える発酵食品も古来からある食品の保存方法として知られています。
瓶詰や缶詰、レトルト食品といった殺菌と密封による保存技術も開発されており、長期保存が可能な食品の範囲は広がり続けています。
これらの保存法では、共通に、腐敗の原因となる微生物の増殖・活性化を抑制しています(図1)。
例えば、乾物では水分を減少させていますが、実際、腐敗菌は水分が少ない所では活動できず、水分を35〜45%以下にすると食品の長期保存が可能となります。
そのほか、保存食の食材によっては、風味を維持するために以下なども考慮しています。
- 水分・温度・pH値を調節することで、加熱調理した米や麺などが硬化する「デンプンの老化」を遅らせる。
- 空気・高温・光・鉄・銅等との接触を防ぐことで、油分の酸化を抑える。
図1: 食品の保存方法とその効果、対象となる食品
出典: 東松山市役所「保存食についての研究~各地の保存食をもとめて~」
http://www.city.higashimatsuyama.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/37/kokusaiA.pdf, p.5
保存食の歴史[*1]
現在では、災害時に備えて蓄えておく非常食のイメージがある保存食ですが、保存食は元々、食べ物の少ない時期を乗り越えるために生み出されてきたものです。
保存食は、特定の時期にしか手に入らない食品を保存し、安定的に食料を確保するために利用されてきました。
その保存方法は、長い歴史の中で改良が重ねられ、天然の素材を利用した塩蔵・糖蔵、自然界にある様々な現象を利用した乾燥・燻製・発酵などが現在まで伝えられています。
19世紀には、軍用食として瓶詰め・缶詰が開発され、加熱殺菌と密封による食品の長期保存が可能となりました。
しかも瓶詰めや缶詰は、調理済みの食品の風味をそれほど損なわずに保存できるため、手軽に食べられる利便性の高い保存食として、現在に至るまで広く利用されています。
近年でも、缶詰の技術を応用して利便性を向上させたレトルト食品や、乾物の技術を発展させたフリーズドライなど、保存食に関する新技術が開発され続けています。
それにより、今まで保存できなかった食品の長期保存はもちろん、食料のさらなる安定的な供給が可能となっています。
世界と日本の保存食
保存食は、地域ごとの気候風土や文化に依存し、周辺地域と影響し合って作り上げられてきました(図2)。
図2: 世界の代表的な保存食
出典: 東松山市役所「保存食についての研究~各地の保存食をもとめて~
http://www.city.higashimatsuyama.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/37/kokusaiA.pdf, p.8
ヨーロッパの保存食[*1]
ヨーロッパの食文化は、小麦・ぶどう・オリーブといった植物性の食材を中心としたローマ的食文化と、乳製品や肉が基本のゲルマン的食文化が融合して作り上げられています。
その中で、オリーブの油漬けやザウアークラウト、アンチョビ、ソーセージ、チーズなど、多様な食材を元にした保存食が生まれました。
また、漁業資源に恵まれた北欧では、ニシンの塩漬けを発酵させた「シュールストレミング」をはじめとする魚介類を食材とした保存食が今も多く生産されています。
アフリカの保存食[*1, *2]
アフリカの食は、地域差があり、サハラ以南ではイモ類や雑穀の生産が多く、トウモロコシやヤムイモ、キャッサバなどを中心とした独自の食文化があります。
例えば、キャッサバを粉状に加工した「ガリ」は、1年以上の保存が可能で、水と混ぜればすぐに食べることができます。
キャッサバと果物のプランテンを混ぜ合わせたものや、タロイモやヤムイモを餅状に加工した「フフ」と呼ばれる保存食もあります(図3)。
サバンナ地帯など、牧畜が行われている地域もありますが、家畜は通貨や富の蓄積と考えられているため、その肉を食用にすることは少なく、保存食材はイモ類や穀物が多いです。
図3: ヤムイモをついてフフを作っているところ
出典: 一般財団法人 日本水土総合研究所「アフリカの食文化と農業」
http://www.jiid.or.jp/files/04public/02ardec/ardec40/key_note1.htm
アジアの保存食[*1]
アジアの食文化は多種多様で、様々な保存食が存在します。
西アジアには、ヨーグルトやチーズ、バターなどの乳製品を食材とする保存食が多く、欧州の保存食に大きな影響を与えています。
中国のピータンやザーサイは日本でもよく知られた保存食ですし、インドには「チャツネ」などのスパイスをふんだんに使用した保存食があります。
また、東南アジアのナンプラーは、魚介類を発酵させた調味料ですが、野菜や魚、肉などをナンプラーに漬け込むことで、一定の保存効果が期待できます。
アメリカ大陸の保存食[*1]
北アメリカの食文化は、欧州からの移民の食文化とアメリカ先住民の食文化が混ざり合うことで発展してきました。
特に珍しい保存食として、アラスカ州のエスキモー民族の伝統的な保存食「キビヤック」が挙げられます。
キビヤックは、海鳥をアザラシの腹に詰めた漬物で、地中に埋めておくことで数年保存できると言われています。
南アメリカでは、環境の厳しい高地、小雨地域ならではの保存食が知られており、中でもジャガイモを凍結乾燥させた「チューニヨ」が有名です。
日本の保存食
日本にも多様な保存食があります。
主食である米は、そのままでも保存性が高く、餅や餅を乾燥させた「干し餅」、もち米を蒸して乾燥させた「干し飯」に加工することで、より長持ちする食品となります[*3, *4, *5]。
昆布・寒天・ひじき・高野豆腐といった乾物は伝統的な保存食ですし、海苔・煮干し・干しアワビなどの海産物の保存食もよく知られています[*6], (図4)。
また、手軽に食べられる保存食を集めた「おせち料理」など、保存食は文化に密接に結びついて現在まで伝わっています[*7]。
図4: 日本の伝統的な保存食(乾物)
出典: 農林水産省「特集1 「もしも」に役立つ日々の知恵(4)」2009)
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/0909/spe1_04.html
保存食を無駄にせず、活かす試み
頻発する災害や外出が困難になる新型コロナウイルス感染症の流行を受けて、長期保存が可能で非常食にもなる保存食の重要性はますます高まっています。
しかし、非常食として備蓄された保存食が食べられないまま消費期限を過ぎてしまい、廃棄されてしまうことも少なくありません。
特に、東日本大震災を機に保存食や飲料水の備蓄が進んだ東北6県においては、2017年度に国の行政機関などで保存食が3万7278個(備蓄量の40.6%)、飲料水が2万1997リットル(備蓄量の52.2%)も捨てられるという事態が起きました(図5)。
図5: 2017年度の災害備蓄食料の活用量・廃棄量
出典: 総務省「災害備蓄食料の活用の促進に関する調査の結果報告書」2019)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000610240.pdf, p.7
もちろん、行政機関の中には、図6に挙げられたような形で非常食を利用し、防災備蓄食料の廃棄削減に取り組んでいるケースもあります。
図6: 2017年度の災害備蓄食料における活用の用途別の機関数
出典: 総務省「災害備蓄食料の活用の促進に関する調査の結果報告書」2019)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000610240.pdf, p.9
しかし、将来の人口増加や食料生産・廃棄の環境負荷が問題視されている現在、食品ロスの削減が喫緊の課題であり、保存食のより有効な活用が求められています(図7)。
図7: 日本国内の年間の食品ロス量
出典: 農林水産省「食品ロスの現状を知る」2020)
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2010/spe1_01.html
このような事態を受けて、各地の自治体は、賞味期限に近づいた備蓄食品をフードバンクや子ども食堂等へ寄贈するなどして有効活用する試みを進めています。
また、民間企業にも備蓄食品を有効活用する取り組みが広がっています[*8, *9]。
保存食を上手に利用して食品ロスを減らそう
食品ロスは、一般家庭からも全体の約半分に当たる282万トンが発生していることから、私たちの暮らしに身近な問題でもあります(図8)。
図8: 食品廃棄物及び食品ロスの発生状況
出典: 農林水産省「食品ロス削減に向けた国民運動の展開」
https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/kaigi/attach/pdf/6th_05-11.pdf, p.3
その点、保存食は、家庭で発生する食品ロスを削減するために役に立つものです。
塩漬け・酢漬けなど、いろいろな保存食の作り方を覚えることで、食品の腐敗を防ぐことができます[*3]。
スーパーで売られている生鮮野菜も天日にさらして干し上げれば、旨味や甘味が増した乾燥野菜となりますので、食卓も豊かになるでしょう[*6]。
また、冷蔵庫に頼らない常温保存が可能な保存食は、電気が使えない非常時にも有用です。
しかし、備蓄するだけで消費期限が切れてしまい、無駄にしてしまっては本末転倒です。
このようなことを避けるためには、賞味期限を考えて古いものから消費し、消費した分を買い足すことで、食品が備蓄されている状態を保つ「ローリングストック」が有効です(図9)。
図9: ローリングストック
出典: 農林水産省「災害時に備えた食品ストックガイド」
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/foodstock/guidebook/pdf/stockguide.pdf, p.3
保存食を利用した食品ロス削減に、ぜひ取り組んでみてください。
参照・引用を見る
1. 東松山市役所「保存食についての研究~各地の保存食をもとめて~」
http://www.city.higashimatsuyama.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/37/kokusaiA.pdf, p.3, p.4, p.5, p.6, p.7, p.8, p.8, p.9
2. 学校法人 東京農業大学「アフリカの食文化と農業」(2009)
https://www.nodai.ac.jp/application/files/1214/8600/7899/38.pdf, p.1, p.2, p.3
3. 農林水産省「特集1 「もしも」に役立つ日々の知恵(3)」(2009)
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/0909/spe1_03.html
4. 国立大学法人 お茶の水女子大学「日本の米と食文化」
https://teapot.lib.ocha.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=7707&item_no=1&attribute_id=21&file_no=1, p.58
5. 秋田県農林水産部「秋田の海・山・里の伝統食100選 | 干し餅」
http://common3.pref.akita.lg.jp/aktshoku/100sen/index.html?article_id=113
6. 農林水産省「特集1 「もしも」に役立つ日々の知恵(4)」(2009)
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/0909/spe1_04.html
7. 農林水産省「おせち料理ってどんな料理?」
https://www.maff.go.jp/j/agri_school/a_menu/oseti/01.html
8. 農林水産省「食品ロス削減に向けた国民運動の展開」
https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/kaigi/attach/pdf/6th_05-11.pdf, p.10, p.11, p.12
9. 消費者庁「防災備蓄食品の廃棄削減と有効活用」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/information/food_loss/case/pdf/consumer_education_cms201_20200706_02.pdf, p.1