ロコモティブシンドロームとは運動器症候群のことで、高齢者の寝たきりや要介護リスクの主な原因の一つです。
日本は世界の中でも平均寿命が長い国として知られていますが、それに伴いロコモティブシンドロームも増加しています。
ロコモティブシンドロームの発症には、日常生活の運動不足が大きく関係します。
近年、より便利になった社会では大人も子どもも体を動かす機会が減っています。
さらに新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛で、ますます外で運動する機会が失われている現状があります。
そこでこの記事では、豊かな生活の弊害ともいえるロコモティブシンドロームの解説を通じて、健康維持や地球環境保護のための日々の運動の大切さをお伝えします。
ロコモティブシンドロームとは
ロコモティブシンドローム(通称:ロコモ)とは加齢に伴い骨、関節、筋肉、神経などの運動器の機能が低下した結果、要介護リスクの高い状態になることです。
日本整形外科学会によって2007年に提唱され、2012年に厚生労働省の健康施策「健康日本21」に取り上げられたことで注目が集まりました。
図1はロコモティブシンドロームの仕組みです。ロコモティブシンドロームは単独の疾患によるものではなく、運動器自体の疾患と加齢による運動機能不全が複雑に関係しています。
図1 ロコモティブシンドロームのしくみ
*出典1:ロコモチャレンジ!推進協議会「ロコモを知ろう」(2014)
https://locomo-joa.jp/locomo/
ロコモティブシンドロームに関係する疾患の推定人口は変形性膝関節症が2530万人、変形性腰椎症は3790万人、骨粗しょう症は1300万人です。もはやロコモティブシンドロームはメタボリックシンドロームと並ぶ国民病とも言えます。
ロコモティブシンドロームが運動器の疾患であることに対し、メタボリックシンドロームは高血圧や糖尿病などの内臓の病気に関係しています。
要介護のリスクを抱える高齢者はロコモティブシンドロームとメタボリックシンドローム、さらに認知症の3つを合併することが多いとの報告もあります。
図2 メタボとロコモ
*出典2:一般社団法人 日本臨床整形外科学会「ロコモティブ症候群」(2019)
http://www.jcoa.gr.jp/locomo/teigi.html
日本は世界的にみても長寿国として知られていますが、最近では平均寿命ではなく健康寿命を延ばすことが注目されています。
健康寿命とはWHO(世界保健機関)が2000年に提唱した考え方で、介護などを必要とせず元気に自立して過ごせる期間のことです。
平均寿命の長い日本では、健康寿命と平均寿命の間に男性で約9年、女性で約12年の差があります。(図3)
図3 平均寿命と健康寿命の差
*出典1:ロコモチャレンジ!推進協議会「ロコモを知ろう」(2014)
https://locomo-joa.jp/locomo/
平均寿命は長くなったものの、人間の運動器は長い人生に耐えうるようにはできていないようです。
日常生活を制限されることなく健康的に長生きするためには、健康寿命を延ばすことが大切です。
平均寿命と健康寿命の差を縮めるためにはロコモティブシンドロームについて知り、日常的に運動機会を設けていくことが不可欠です。
ロコモティブシンドロームの原因 なぜ世界で運動不足の人が増えているのか?
ロコモティブシンドロームの主な2つの原因は、加齢と運動不足です。
加齢と運動不足により骨強度の低下、筋肉減少、メタボリックシンドロームなどが引き起こされ、それぞれが関わり合うことでロコモティブシンドロームの負のスパイラルに陥ってしまいます。(図4)
図4 ロコモへの負のスパイラル
*出典3:シニアコム「『ロコモティブシンドローム』、『サルコペニア』とは」
https://www.seniorcom.jp/regulars/view/6
ロコモティブシンドロームの原因とされる運動不足は世界的にも問題となっています。
2018年のWHOの調査では、世界の成人以上の4人に1人が運動不足であり、2001年の調査から改善されていないことがわかりました。
次の図5が世界の運動不足の人の割合を国別に示したデータです。
図5 世界の運動不足人口の割合
*出典4:BBCニュース「Lack of exercise puts one in four people at risk, WHO says」(2018)
https://www.bbc.com/news/health-45408017
図5の濃い赤で示されている国が特に運動不足の人の割合が多い国です。
イギリスやアメリカ、ドイツなどの先進国では、2001年の調査と比較して運動不足の人が増加していました。
先進国では体を動かす仕事から座って行う仕事へ移行したことに加えて、自動車の普及により運動機会が減少しているためとみられています。
それでは次に自動車の普及に関するデータをみてみましょう。
図6は先進国と日本の総人口と乗用車交通量の推移です。
図6 乗用車交通需要の動向
*出典5:国土交通省「諸外国との比較」(2014)p4~p5
https://www.mlit.go.jp/road/ir/kihon/26/1-1_s2.pdf
日本では少子高齢化の影響もあり2000年以降は横ばいとなっていますが、先進国では依然として乗用車交通量は増加傾向にあります。
さらに一人当たりの乗用車保有台数も増加傾向にあり、自動車は私たちの生活に欠かせない移動手段となっています。
次の図7に示すのは国土交通省が2015年に実施した全国都市交通特性調査の結果です。
この調査結果を見ても分かる通り、たとえば日々の買い物においても主な交通手段は自動車となっています。
図7 買い物の交通手段別構成比
*出典6:国土交通省「都市における人の動きとその変化」(2016)p12
https://www.mlit.go.jp/common/001223976.pdf
日常的な交通手段が徒歩から車へ変わることで歩くことが減り、慢性的な運動不足に陥っているようです。さらに現代は家電製品の普及により家事労働の負担も大幅に減っています。
科学技術の発達により生活様式が変化することで、大人だけでなく子どもの運動不足や体力低下も懸念されています。
現在の子どもを30年前の親世代と比較すると、体格は向上しているにもかかわらず体力・運動能力が低下しています。(図8)
図8 身長・基礎運動能力の比較
*出典7:日本レクリエーション協会HP「子供の体力の現状」
https://www.recreation.or.jp/kodomo/current/now.html
さらに片足でしっかり立つ、しゃがみ込んで靴紐を結ぶ、スキップをするなど、運動器をうまく使うことができない子どもも急増しています。
運動習慣がないまま成人すると、将来的にロコモティブシンドロームを発症する可能性も高くなると考えられます。
歩くことが大切!ロコモティブシンドロームの解消のために
ロコモティブシンドロームを防ぐためには、日常的に運動機会を設けて運動不足を解消することが大切です。
自動車の利用を控え徒歩や自転車を利用する、エレベーターより階段を使うなど生活を見直してみることで、無理なく運動不足を解消できるかもしれません。
さらに自動車の利用は地球温暖化にも関係しており、車への依存を減らすことは環境問題に解決にもつながります。
自動車普及と温暖化の関係とは
自動車の普及は運動不足だけでなく、地球環境にさまざまな影響を及ぼしています。
自動車は排出ガスによる地球温暖化をはじめとして、大気汚染や水質・土壌問題などさまざまな環境問題と関係しています。(図9)
図9 自動車を巡る環境問題
*出典8:経済産業省「自動車を巡る環境問題の現状と 今後の展望について」p1
https://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g21031f061j.pdf
自動車は大量の石油を消費し、地球温暖化の原因となるCO2を排出します。
運輸部門のCO2排出量は日本のCO2総排出量の18.5%を占めており、さらに運輸部門のなかでも自動車全体が86.2%を占めています。(図10)
図10 運輸部門における二酸化炭素排出量
*出典9:国土交通省HP「運輸部門における二酸化炭素排出量」(2020)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html
次の図11は1人が1km移動することで排出されるCO2の交通手段別の比較です。
データを見ても分かる通り、自動車から公共交通機関、さらに徒歩や自転車に転換することは大きな削減効果があります。
図11 CO2排出量の比較-1人を1キロメートル運ぶのに排出されるCO2(2017年度)
*出典10:東京都環境局「交通機関の種類とCO2排出量」(2018)
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/vehicle/management/tokyo/transportation.html
自動車利用に起因するCO2を削減するには自動車本体の性能向上や電気自動車の普及など様々なアプローチがありますが、自動車の利用を控えることは一人一人がすぐに実施できる対策です。
日常生活で歩くことを習慣とすれば、自身の健康維持だけでなく地球環境保護にもつながります。
世界と日本の歩きやすいまちづくり
次に温暖化対策と運動不足解消のどちらの解決策にもなり得る「歩きやすいまちづくり」を推進する海外と日本の施策を紹介します。
車社会の進んでいるアメリカ・ボストンでは、交通事故を減らして市民が安全に歩行できることを目的として「歩行者が歩きやすい街」の都市計画を推進しています。
具体的には自動車の走行速度を落とす仕組みや、街路樹や縁石などを設置して歩行者と車の間に緩衝作用を設けることで、歩行者の安全を守っています。(図12)
図12 自動車の走行速度を落とし、歩行者を守る様々な仕掛け
*出典11:笹川スポーツ財団「歩きやすい街づくり:米国初の団体「WalkBoston」の取り組み」(2016)
https://www.ssf.or.jp/ssf_eyes/international/usa/20160819.html
歩行者を守る様々な仕掛けを都市計画に折り込むことで、安全な日常歩行や健康増進のためのウォーキングを推進することにつながります。
次に日本での施策として、京都の「歩くまち・低炭素都市プロジェクト」をご紹介します。観光都市でもある京都は観光客の約29%が乗用車を利用している実態から、車社会への依存による温暖化への影響が懸念されています。
そのため京都ではさまざまな取り組みを実施し、非自動車交通分担率80%超を目指したまちづくりを推進しています。(図13)
図13 「歩くまち・京都」総合交通戦略の推進
*出典12:京都市環境政策局地球温暖化対策室「京都市の地球温暖化対策について」(2011)p7
https://www.env.go.jp/policy/local_keikaku/data/sem_kinki/kyoto.pdf
歩行者に配慮した交通整備など「歩きやすいまちづくり」を推進することで、人と環境に優しい交通手段の利用促進が期待できます。
日常的に歩行やウォーキングの機会が増えることで、結果的にロコモティブシンドロームを予防する運動習慣へとつながるでしょう。
まとめ
便利で豊かな生活は私たちにたくさんの恩恵をもたらしていますが、同時に環境破壊や運動機会の喪失などの負の側面があることを忘れてはいけません。
ロコモティブシンドロームはまさに便利な生活と引き換えに体が衰えてしまった結果とも言えるでしょう。
ロコモティブシンドロームの発症は年齢とともに運動機能が低下することが起因していますので、普段から運動をすることである程度予防することができます。
しかしまとまった運動時間を確保したり、ハードなエクササイズを取り入れることはいきなりは難しいかもしれません。
まずは近所の買い物は車をやめて徒歩で行ってみる、通勤の際に一駅歩いてみるなどの日常生活で無理なくできることから運動習慣を取り入れてみましょう。
参照・引用を見る
- ロコモチャレンジ!推進協議会「ロコモを知ろう」(2014)
https://locomo-joa.jp/locomo/
- 一般社団法人 日本臨床整形外科学会「ロコモティブ症候群」(2019)
http://www.jcoa.gr.jp/locomo/teigi.html
- シニアコム「『ロコモティブシンドローム』、『サルコペニア』とは」
https://www.seniorcom.jp/regulars/view/6
- BBCニュース「Lack of exercise puts one in four people at risk, WHO says」(2018)
https://www.bbc.com/news/health-45408017
- 国土交通省「諸外国との比較」(2014)p4~p5
https://www.mlit.go.jp/road/ir/kihon/26/1-1_s2.pdf
- 国土交通省「都市における人の動きとその変化」(2016)p12
https://www.mlit.go.jp/common/001223976.pdf
- 日本レクリエーション協会HP「子供の体力の現状」
https://www.recreation.or.jp/kodomo/current/now.html
- 経済産業省「自動車を巡る環境問題の現状と 今後の展望について」p1
https://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g21031f061j.pdf
- 国土交通省HP「運輸部門における二酸化炭素排出量」(2020)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html
- 東京都環境局「交通機関の種類とCO2排出量」(2018)
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/vehicle/management/tokyo/transportation.html
- 笹川スポーツ財団「歩きやすい街づくり:米国初の団体「WalkBoston」の取り組み」(2016)
https://www.ssf.or.jp/ssf_eyes/international/usa/20160819.html
- 都市環境政策局地球温暖化対策室「京都市の地球温暖化対策について」(2011)p7
https://www.env.go.jp/policy/local_keikaku/data/sem_kinki/kyoto.pdf