フローリングの端材がハイセンスな時計に生まれ変わり、流通不可とされた雑魚をディナーコースに変身させる「アップサイクル」。
これらは廃棄物をグレードアップさせ、再び世に出す仕組みです。
ここではごみ問題を背景として、アップサイクルに取り組む人たちが、廃棄物にどう価値をプラスして魅力あるアイテムを生み出しているのかご紹介します。
図1: 循環型社会と3R
出典: 科学技術振興機構 サイエンスポータル「ごみを見つめて、未来を変える」
https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/sciencewindow/20190725_w02/
ごみを減らす取り組み
国が豊かになると持ち上がるごみ問題。先進国の多くはごみの削減を課題としていますが、ごみを減らすことは資源を守り、温室効果ガスを抑制するなど地球環境とも密接に関係しています。
日欧で異なるごみ対策
ごみの削減やリサイクルがテーマになると耳にするのが「3R」です。廃棄物を減らす取り組みであるリデュース(Reduce)と、使い終わったものを繰り返し使うリユース(Reuse)、廃棄物を原料に戻すなどして再利用するリサイクル(Recycle)の頭文字を取った3Rはごみの減量政策を牽引しています。
とはいえ日本のリサイクル率をEU諸国と比較するとかなり低いことが図2を見てもわかります。実際に、国内のリサイクル率は10年以上伸び悩んでいるといわれています[*1]。
日本とEU加盟国におけるごみのリサイクル率(%)
注)アイルランド、ギリシャ、キプロスは2017年の値、それ以外の国は2018年の値を用いています。
図2: 日本とヨーロッパのリサイクル率
出典: 国立環境研究所 資源循環・廃棄物研究センター「日本とヨーロッパのリサイクル率」
https://www-cycle.nies.go.jp/magazine/kenkyu/202008.html
また、日本はEU諸国に比べて圧倒的にごみの焼却率が高いため、焼却処理を減らしてリサイクル率を高める必要性が指摘されています(図3)。
これらのごみに資源化の方法はないのか、ごみ処理のあり方を考え直す時期にきているのかもしれません[*1]。
日本とEU加盟国におけるごみの焼却処理率および埋立処分率(%)
注)アイルランド、ギリシャ、キプロスは2017年の値、それ以外の国は2018年の値を用いています。
図3: ごみ処理方法の違い
出典: 国立環境研究所 資源循環・廃棄物研究センター「ごみ処理方法の違い」
https://www-cycle.nies.go.jp/magazine/kenkyu/202008.html
この先は、ごみを再利用する「アップサイクル」の新たな取り組みにスポットを当てて見ていきましょう。
アップサイクルとダウンサイクル
一般的にリサイクルは形を変えるごとに品質が劣化します。コピー用紙を新聞紙に、新聞紙を段ボールにといったようにクォリティの低下を伴うリサイクルを「ダウンサイクル」または「カスケードリサイクル」といいます[*2, *3]。
一方、使い終わったものに付加価値を付け、元あったもの以上にグレードアップさせるリサイクルは「アップサイクル」と呼ばれます。
例えば、プラスチックの廃棄物からより価値の高い材料を作るため、分子に分解するなどのケミカルリサイクルもアップサイクルとされます[*4]。
話題を集めているのは冒頭に述べたような、廃棄物にデザインやアイデアといった魅力をプラスして再利用するアップサイクルです。
アパレル業界の大量廃棄とアップサイクル
昨今、世界的にクローズアップされているアパレル業界の大量廃棄問題。
世界で毎秒、トラック1台分の衣服が埋め立てまたは焼却処分されているといわれています[*5]。
アパレル業界は、大量消費・大量廃棄のビジネスモデルが広がったこともあり、環境負荷が極めて大きい産業です。
服を1枚作るために、平均25.5kgのCO2が排出され、2,300ℓの水を消費します(図4)。
また、この業界から排出される温室効果ガスは世界の排出量の約10%を占め、排出される廃水は世界全体の約20%にのぼると算出されています。
さらに、衣服のほとんどが再利用できる繊維でありながら、その85%が埋め立てまたは焼却処分されていることも世界的な問題となっています[*6]。
図4: 1枚の服にも、こんなに資源が!
出典: 環境省「SUSTAINABLE FASHION」
https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/
サステナビリティな欧州のアパレル業界[*7]
欧州のアパレル業界では、大きな影響力を持つラグジュアリーブランドからファストファッションブランドまで軒並みサステナビリティを意識して製造販売に取り組んでいます。
2019年にフランスで開催されたG7サミットでは、仏大統領の要請で発足したファッション協定(Fashion Pact)の方向性が発表されました。
このなかでは地球温暖化の防止、生物多様性の回復、海洋保護の3つの分野で、企業やブランドの垣根を超えて取り組むことが約束されています。
協定発足の1年後には賛同する企業が倍増し、シャネルやバーバリー、H&Mなどの有名企業をはじめ、欧州のアパレル企業の約3分の1がこの協定に参加しています。
フランス発、売れ残り衣類の廃棄禁止
2020年にフランスでは、資源の循環と廃棄物の削減を目指した法律が施行され、世界で初めてアパレル業界の売れ残り商品の廃棄が禁止となりました。
アパレル企業には再利用やリサイクル、または寄付することが法的に義務付けられ、過剰生産や不適切な在庫処理の改善を求められています。
フランスの路上に設置された衣類回収ボックス図5: 路上の衣料専用回収ボックス
出典: 日本貿易振興機構(ジェトロ)「フランスを中心とする欧州アパレルブランドのサステナビリティ動向調査」
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/3f6cf43ab5fd45fe/20200031.pdf, p.6
欧州の消費者の高い意識
イギリス発の非営利団体ファッション レボリューションは2018年にドイツ、イギリス、フランス、イタリア、スペインの消費者5,000人を対象としてアパレルブランドに対するアンケートを実施しました。
それによると、すべての年齢層で80%以上の消費者が「アパレルブランドは環境保護や気候変動の問題に取り組むことが大切だ」と回答しています。
図6: ファッションブランドが取り組むべき問題
出典: 日本貿易振興機構(ジェトロ)「フランスを中心とする欧州アパレルブランドのサステナビリティ動向調査」
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/3f6cf43ab5fd45fe/20200031.pdf, p.1
廃棄デニムをアップサイクルする英のアパレル企業
イギリスのレディースブランド「E.L.V. Denim」では廃棄ゼロを目指し、処分されたデニムをアップサイクルしています。
一般的なデニム製品を1着作るためには約7,000リットルの水が必要です。
しかし、既存のデニムを使うこのメーカーでは、1着あたりの消費水量が約7リットルと通常の1000分の1の水量で廃棄されたデニムをアップサイクルし、新たな価値を生み出します。
素材の供給が限定的で生産に制約があるアップサイクルですが、E.L.V. Denimではあえて限定品として販売することでコレクションの価値を高めることに成功しました。
同社は2018年に創業し、2019年には英国の大手百貨店や欧米の有名ショップでも取り扱われるまでになっています。
図7: SOURCING
出典: E.L.V. Denim「SOURCING」
https://elvdenim.com/pages/sustainability
焼却廃棄をゼロにした日本のアパレル企業[*8]
日本でもアパレル業界で、大量廃棄問題の解決に向けた取り組みが注目されています。
グローバルワークなど複数のアパレルブランドを展開する株式会社アダストリアが倉庫で眠る在庫品を黒染めしたアップサイクルなどに取り組むブランド「FROMSTOCK」を立ち上げました。
同ブランドでは環境負荷の低減のため染料にもこだわり、在庫品を黒染めすることや、二次流通等での再販によって、残った在庫の焼却廃棄をゼロにすることに成功しています。
図8: アップサイクルの取組“FROMSTOCK”
出典: 環境省「適正在庫とアップサイクルによる大量廃棄問題の解決に向けた取組事例」
https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/goodpractice/case07.pdf
食品ロスと食のアップサイクル[*9]
図9: 考えよう、飢餓と食品ロスのこと
出典: 国連WFPブログ「考えよう、飢餓と食品ロスのこと」
https://ja.news.wfp.org/18-37-44b38fc59271
世界では、全人口76億人中9人に1人、約8億2100万人が飢えに苦しんでいるといわれています(図10)。
一方で、生産された食品の3分の1、約13億トンあまりが廃棄されていることをご存知でしょうか。
全世界で生産されている食料は毎年およそ40億トンで、これは世界中のすべての人たちに十分行き渡る量です。
しかし、先進国ではまだ食べられる食品が廃棄され、途上国では貧困や気候変動、紛争などによって食料が不足する「食の不均衡」が起きています。
図10: 日本と世界で食品ロスがどれだけあるの
出典: 農林水産省「食品ロスの現状を知る」
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2010/spe1_01.html
また、図11にもあるように日本でも1年間に600万トンもの食料が廃棄されていますが、これはおよそ東京ドーム5杯分に相当する量です。
食品ロス発生量(平成30年度)図11: 食品ロスは、どれくらい発生しているの?
出典: 環境省「食品ロス ポータルサイト」
http://www.env.go.jp/recycle/foodloss/general.html
日本の食料自給率は先進国の中でも低く、多くの食料を海外からの輸入に頼っています。
しかし、大きな食品ロスを生み出している今の状況はアンバランスで、国内の食品廃棄は持続可能な社会に向けての課題の一つです。
野菜の皮や茎が「食べられるチップス」に[*10]
ふぞろいの青果品などの販売促進を通じて新たな価値を提案し、フードロス削減を推進するオイシックス・ラ・大地株式会社。
以前は廃棄されてきた原料をアップサイクルし、「食品ロス解決サービスUpcycle by Oisix」として事業をスタートしました。
同社では、冷凍ブロッコリーのカット工場で房をカットしたあとに残る茎を活用した「ここも食べられるチップス ブロッコリーの茎」を商品化しました。また、大根の漬物工場で廃棄されてきた大根の皮を使った「ここも食べられるチップス だいこんの皮」も製造販売しています。
これらの取り組みを開始後、約5%だった廃棄率は約0.2%に縮小。同社では引き続き、食品廃棄のゼロ化を目指して事業を継続しています。
図12: ここも食べられるチップス ブロッコリーの茎
出典: オイシックス・ラ・大地「Upcycle by Oisix」
https://www.oisixradaichi.co.jp/news/posts/20210706upcycle/
流通しない魚で作るディナーコースや学校給食
湘南の「Kai’s Kitchen」は、アップサイクルを軸に活動するお店や工房などが集まったUPCYCLE JAPAN(アップサイクルジャパン)所属のレストランです[*11]。
このお店のランチタイムには、流通にのらない「未利用魚」をそれぞれの魚に合った味付けで調理し、アップサイクルした海鮮丼が提供されています[*12]。またディナーでは、雑魚(ざこ)やマイナーな魚を「シェフのお任せコース」として堪能できるメニューを用意しています。
Kai’s Kitchenは腕とセンスで食のアップサイクルに挑む海の町のレストランです。
図13: 青アジのゴマ醤油とアイゴの青唐辛子醤油の二種盛
出典: Kai’s Kitchen「二宮漁師のおかず食堂」
http://kais-kitchen.shop/hirunobu/
また、横浜市の魚食普及推進協議会では市内の小学校と連携し、漁獲量の不足や魚体の大きさが揃わないなどの理由で未利用魚となった魚を学校給食で提供しています。
「小イワシのカレー揚げ」や小サバを使用した「サバのあんかけ」が給食に出され、いずれも児童から大好評ということです[*13]。
森を守り、平和を願うアップサイクル
最後にご紹介するのは、私たちがいかに生きていくべきかを示した羅針盤のようなアップサイクルです。
端材がハイセンスな時計に[*14]
2009年にイタリアのフィレンツェで誕生したウォッチブランド「WEWOOD」。
材料となっている木材は大型家具やフローリングなどの端材です。
WEWOODではエコをコンセプトとして、これらの天然木を100%再利用したアップサイクル商品を提供しています。
また同社では、時計の購入があるごとに一本の木を植えて環境に還元する活動にも取り組み、エチオピアやガーナ、テキサスの野生動物保護区など世界中で60万本以上の木を植樹しています。
図14: エコをコンセプトとした時計
出典: WEWOOD「ABOUT WEWOOD」
http://we-wood.jp/about/index.html
地雷をジュエリーに
「NO WAR FACTORY」は、ラオスで撤去されたベトナム戦争時の地雷や不発弾のスクラップ(くず鉄)からジュエリーを制作しているイタリアのブランドです[*15]。
ラオスにはベトナム戦争中に約200万トンの爆弾が投下され、クラスター弾を含む各種不発弾が各地に残っていると推定されています[*16]。
NO WAR FACTORYでは、撤去された地雷や不発弾のスクラップからリサイクルしたアルミニウムの鋳造をラオスの村に住む13家族の職人に依頼し、これらの製品を購入することで地域社会に貢献しています。
鋳造された製品はイタリアのアーティストによって装飾され、バングルや指輪などのジュエリーが完成します。
同社では、これらの販売で得た利益の10%をラオスの地雷撤去のために寄付しています。
NO WAR FACTORYのジュエリーは、戦争の負の遺産をアップサイクルした、平和の象徴のようなアイテムです。
図15: FREE SHIPPING FOR ITALY, SPAIN AND GERMANY WITH PURCHASES OVER € 35!
出典: NO WAR FACTORY「BOMBS TURNED INTO JEWELS. WE RECYCLE TO HELP」
https://www.nowarfactory.com/en/
未来へつなぐSDGs「つくる責任 つかう責任」[*17]
私たちが生きていくうえで欠かせない生産と消費は、SDGsのゴール12にもあるように「つくる責任」と「つかう責任」によって成り立っています。
廃棄物の発生にも関連するSDGsゴール12のふたつのターゲットを見てみましょう。
ゴール12.3
2030年までに一人当たりの食料の廃棄を半減させ、生産・サプライチェーンにおける食品ロスを減少させる。
ゴール12.5
2030年までに、廃棄物の発生防止、削減、再生利用及び再利用により、廃棄物の発生を大幅に削減する。
これらのゴールのためには事業者の取り組みとともに、私たちの意識や行動も鍵となります。
消費は事業者や社会に対する投票行動ともいえるもので、環境負荷の低い製品の購入が浸透すれば、事業者の意識や社会を変えることにもつながります[*5]。
ごみ問題の解決や、持続可能でエシカル(倫理的)なゴール達成のため、廃棄物に魅力的なアイデアやポリシーをプラスして再生するアップサイクルは、未来の地球を支える新しい形の取り組みです。
参照・引用を見る
*1
国立環境研究所 資源循環・廃棄物研究センター「日本とヨーロッパのリサイクル率」
https://www-cycle.nies.go.jp/magazine/kenkyu/202008.html
*2
国立研究開発法人科学技術振興機構「専門用語説明」
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2020/SP/CRDS-FY2020-SP-05.pdf, p.39
*3
環境省「用語解説」
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/junkan/h18/html/jh0604000000.html
*4
国立研究開発法人科学技術振興機構「物質循環を目指した 複合構造の生成・分解制御」
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2020/SP/CRDS-FY2020-SP-05.pdf, p.3, p.4
*5
消費者庁「サステナブルファッション習慣のすすめ」
https://www.ethical.caa.go.jp/sustainable/
*6
国際連合広報センター「ファッション ― 気候変動抑制へのカギ」
https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/34130/
*7
JETRO「フランスを中心とすらる欧州アパレルブランドのサステナビリティ動向調査」
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/3f6cf43ab5fd45fe/20200031.pdf ,p.1,p.6,p.9,p.11
*8
環境省「適正在庫とアップサイクルによる大量廃棄問題の解決に向けた取組事例」
https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/goodpractice/case07.pdf
*9
農林水産省「食品ロスの現状を知る」
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2010/spe1_01.html
*10
農林水産省「食料システムサミットへのコミットメント」
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kanren_sesaku/FAO/pdf/oisixradaichi.pdf
*11
アップサイクルジャパン「ABOUT」
https://www.upcycle.co.jp/
*12
Kai’s Kitchen「二宮漁師のおかず食堂/ムカチノカチカ」
http://kais-kitchen.shop/
*13
水産庁「未利用魚を有効に活用する学校給食」
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h30_h/trend/1/t1_3_4_2.html
*14
WEWOOD「ABOUT WEWOOD」
http://we-wood.jp/about/index.html
*15
NO WAR FACTORY「About Us」
https://www.nowarfactory.com/en/about-us/
*16
外務省「ラオス不発弾処理機関に対する不発弾処理技術移譲及び不発弾訓練センター建替え事業」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/data/zyoukyou/ngo_m/e_asia/laos/141112.html
*17
農林水産省「持続可能な生産消費形態を確保する」
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sdgs/sdgs_target.html#goal_12