近年の日本では、社会や環境の変化により女性の生き方や働き方が大きく変わってきています。
そこで注目が高まっているのが、女性の健康を支援するフェムテック(Femtech)です。
フェムテックとは、月経や更年期障害、不妊治療などの女性特有の健康課題をテクノロジーで解決に導く技術やサービスのことです。
フェムテックが普及することで、これまで健康問題でキャリアを断念していた女性が減り、仕事におけるジェンダーギャップを解消することにもつながります。女性活躍社会の実現に寄与することから、経済産業省の調査によれば、2025年のフェムテックによる経済効果は年間2兆円と推定されています。
本記事では、フェムテックが推進される背景とフェムテックの今後の可能性についてお伝えします。
フェムテックとは
フェムテック(Femtech)とは、Female(女性)とTechnology(技術)を組み合わせた造語です。
世界的に明確な定義が存在しているわけではなく、女性が抱える健康に関する幅広い悩みをテクノロジーで解消する製品やサービスのことです。
日本においては、月経や妊娠・不妊治療、更年期障害、婦人科系疾患などを先進的な技術で解決する製品やサービスを指します。
女性ならではの健康課題には、女性ホルモンの分泌が関係しています。女性はライフステージによってかかりやすい病気や症状が異なります(図1)。
図1: 女性特有の健康課題
出典: 厚生労働省 働く女性の健康応援サイト「女性特有の健康問題」
https://joseishugyo.mhlw.go.jp/health/health-issues.html
現代女性は、妊娠や出産の機会減少により昭和初期と比較すると月経回数が9倍〜10倍に増加しています[*1]。
そのため図1のような女性ホルモンの分泌に由来するさまざまな疾患へのリスクが高まっています。
フェムテックは、このような現代の女性特有の健康課題を解決するための製品やサービスです。
次の図2は、フェムテックの主な製品やサービスの分類です。
図2: フェムテックの製品・サービス
出典: 経済産業省「フェムテックに関する経済産業省の取組」(2021)
https://www.ki21.jp/kobo/r3/kyomed/keisansyou_femtec_siryou.pdf, p.3
サービスの事例としては、不妊治療や更年期障害の専門家相談、更年期特化のオンラインクリニック、卵巣年齢の簡易検査キットなどがあります。日々の体調を管理できるスマートフォンのアプリは、月経予測サービスや基礎体温の管理など以前から身近なものとなっています。
その他にも、不妊治療の福利厚生パッケージや避妊ピル配達サービス、生理用吸水ショーツなどフェムテックの製品・サービスは多岐にわたります。
このようにフェムテックは、健康管理から医療支援まで女性の日々の暮らしに密着しています。
フェムテックは2016年以降に広まった比較的新しい市場ではありますが、世界の投資額・市場規模のどちらも今後10年以内に急成長することが予測されています(図3)。
図3: 世界のフェムテック市場予測
出典: 経済産業省「フェムテックに関する経済産業省の取組」(2021)
https://www.ki21.jp/kobo/r3/kyomed/keisansyou_femtec_siryou.pdf, p.2
働く女性が増加している日本でも、さまざまな製品・サービスが開発され、市場は成長傾向にあります。
経済産業省によれば、2025年には月経分野で2,400億円、妊娠・不妊分野で3,000〜5,000億円、更年期分野で1.3兆円の経済効果が試算されています[*2]。
フェムテックの活用がもたらすものとして、女性の健康問題の解決のほかに、これらの問題による労働損失軽減や女性の正規雇用、管理職の増加が考えられます。
また、フェムテックの活用は国連の持続可能な開発目標であるSDGsの目標5「ジェンダー平等を実現しよう」、目標8「働きがいも 経済成長も」の達成にも大きく貢献するといえます。
なぜフェムテックが必要とされるのか
令和元年、女性の労働力人口は3,000万人を超え、前年と比較しても44万人増加しました[*3]。
しかし、女性を取り巻く労働環境の大きな変化に対して社会構造は適応しておらず、依然として女性特有の健康課題は、キャリア実現の障壁となっています。
日本医療政策機構が2018年に実施した「働く女性の健康増進調査」によれば月経や月経前症候群(PMS)により、約45%の女性が仕事のパフォーマンス低下を経験していると回答しています(図4)。
図4: PMS(月経前症候群)や月経随伴症状によるパフォーマンスの変化
出典: 日本医療政策機構「働く女性の健康増進に関する調査2018」(2018)
https://hgpi.org/wp-content/uploads/1b0a5e05061baa3441756a25b2a4786c.pdf, p.9
月経前症候群とは、月経開始前に3日〜10日間続く精神的あるいは身体的症状のことで、情緒不安定や集中力の低下、めまい、頭痛などがあります。
さらに、更年期障害も同様で、約半数の人が仕事のパフォーマンスが半分以下になると回答しています(図5)。
図5: 更年期症状による更年期障害によるパフォーマンスの変化
出典: 日本医療政策機構「働く女性の健康増進に関する調査2018」(2018)
https://hgpi.org/wp-content/uploads/1b0a5e05061baa3441756a25b2a4786c.pdf, p.9
また、不妊治療に関しては仕事との両立が難しく、およそ3割の人が仕事か不妊治療のいずれかを断念しています(図6)。
図6: 仕事と不妊治療の両立状況
出典: 厚生労働省「不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査事業調査結果報告書」(2018)
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11910000-Koyoukankyoukintoukyoku-Koyoukikaikintouka/0000197930.pdf, p.4
月経や更年期障害によるパフォーマンスの低下、不妊治療による退職は個人のキャリアプランへの影響だけでなく、社会全体の損失にもつながります。
例えば、月経随伴症状による1年間の社会的経済負担は、労働損失が4,911億円、通院費用や医薬品費用などを含めると約6,828億円と試算されています[*4]。しかし月経などの女性の体の不調に関しては日本では長い間タブー視されており、職場においても声を上げにくい問題でもありました。
不妊治療に関してもオープンにしにくいうえに、不妊治療を理由に不利益な扱いを受けるハラスメントなども問題となっています。
日本における女性の健康問題に対するヘルスリテラシーは依然として低く、労働力損失や生産性への影響については、4200名の管理職の男女に行った調査では、70%以上が知らなかったと回答しています[*4]。
さらにワークライフバランスに対する取り組みと比較して、女性特有の健康課題への制度の整備は進んでいないのが現状です(図7)。
図7: 企業における女性の健康課題に対する対応
出典: 経済産業省「健康経営における女性の健康の取り組みについて」(2019)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/josei-kenkou.pdf, p.8
フェムテックの活用によって、女性の健康をサポートすることは、働く女性の増加や生産性向上につながります。
さらに個人での利用だけでなく、企業の健康経営においてもフェムテックは重要な位置付けとなります。
後ほど紹介するように、企業がフェムテックを福利厚生に積極的に取り入れることによって、女性のキャリア支援や優秀な人材の確保が可能になれば、ジェンダーギャップの解消にも貢献します。
世界と日本のフェムテック商品・サービスの事例
フェムテックは欧米を中心に世界中で関心が高まっており、市場規模も急速に拡大しています。
2019年の時点で、アプリベースのフェムテックは世界中で3,000以上あり、年間1.5億回以上ダウンロードされています[*5]。
国内外のフェムテックスタートアップ企業の多くは、女性起業家が中心になって設立されています。
国家戦略としてジェンダー平等に取り組むドイツでは、フェムテックという言葉が広まるきっかけとなったスタートアップ企業「Clue」があります。
「Clue」は、2012年にスタートした月経管理アプリで、月経前症候群(PMS)や排卵日の予測が可能です。柔軟にカスタマイズできるのがこのアプリの特徴で、生理痛や睡眠、肌の状態などのデータをオプションで追加することで、健康状態の改善をサポートします(図8)。
図8: ドイツの月経管理アプリClue
出典: Clue HP「Track your period and ovulation with Clue to understand how your body works.」
https://helloclue.com/
北米で販売されているEmbr Labsは、更年期の不調を緩和するウェアラブルデバイスです(図9)。
図9: 更年期ウェアラブルデバイスEmbr Labs
出典: Embr Labs HP「Comfort and control all day long」
https://embrlabs.com/
Embr Labsは腕につけるだけで、脳に信号を送り、ほてりや寝汗を緩和するウェアラブルデバイスです。
ホットフラッシュや不眠など更年期特有の症状を落ち着かせ、いつでも快適に過ごすことができると説明されています。
そのほかにも海外では、生理用品のサブスクリプションサービスや生理痛を軽減するボディスーツなど先進的なフェムテックが多数あります。
日本でも近年フェムテック市場が拡大したことから、さまざまなサービスが登場しています。
まず紹介する「ルナルナメディコ」は、月経管理アプリ「ルナルナ」に記録された月経周期や基礎体温、ピル服用時の体調などの情報を、診察時に医師が確認できるサービスです(図10)。
図10: ルナルナメディコ
出典: 内閣府 第1回医療・介護ワーキンググループ資料「ルナルナメディコの概要」(2018)
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/wg/iryou/20181029/181029iryou02-3.pdf, p.27
「ルナルナメディコ」はオンライン診療と連携することで、婦人科に受診しやすい環境を整えるフェムテックです。
次に紹介する「TRULYチャット相談」は、更年期や女性ホルモンに関する悩みや不調を女性産婦人科医にチャット相談できるサービスです(図11)。
図11: TRULYのチャット健康相談サービスチャットサービス
出典: TRULY HP「【お知らせ】渋谷区との実証実験を開始しました。」(2021)
https://www.truly-japan.co.jp/post/%E3%80%90%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B%E3%80%91%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E5%8C%BA%E3%81%A8%E3%81%AE%E5%AE%9F%E8%A8%BC%E5%AE%9F%E9%A8%93%E3%82%92%E9%96%8B%E5%A7%8B%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82
病院でわざわざ受診すべきか悩む内容も気軽に相談でき、医師監修の信頼性の高い情報を知ることができます。
「TRULYチャット相談」は法人向けサービスとして展開しているのも特徴で、人間ドックや定期検診のように社員の健康増進のための福利厚生として取り入れることができます。
さらに社員向け健康セミナーやワークショップの開催など、ヘルスリテラシー向上を目的としたコンテンツも提供しています。
まとめ
少子高齢化が進む日本で豊かな社会を維持していくためには、女性活躍が不可欠です。
しかし、日本は国際的に見るとジェンダー平等の分野で大きく遅れを取っており、女性が働きやすい環境が整っているとは言えません。
長い間、月経や更年期などの症状は暗黙の了解で「個人の我慢」として片付けられ、女性の社会進出を阻む隠れた要因の一つとなっていました。
女性の健康課題による経済損失についてもようやく議論が活発化した段階で、フェムテックにおいても認知度がまだ低いのが現状です。
女性のヘルスリテラシーを高めることは、仕事のパフォーマンスに直結し、社会全体の経済成長につながります。
フェムテックを推進することは、ジェンダーギャップを解消し、女性がキャリアプランを主体的に選択できる社会に繋がります。
フェムテックの活用や女性のウェルビーイング向上は、女性だけの問題ではありません。
性別の垣根を超えて社会全体の問題として捉えるために、まずは関心を持つことから始めてみましょう。
参照・引用を見る
*1
出典: 厚生労働省 働く女性の健康応援サイト「女性ホルモンとライフステージ」
https://joseishugyo.mhlw.go.jp/health/lifestage.html
*2
経済産業省「働き方、暮らし方の変化のあり方が将来の日本経済に与える効果と課題に関する調査 報告書」(2021)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/R2fy_femtech.pdf, p.13
*3
厚生労働省「働く女性に関する対策の概況」(2019)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/josei-jitsujo/dl/19-01.pdf, p.1
*4
経済産業省「健康経営における女性の健康の取り組みについて」(2019)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/josei-kenkou.pdf, p.2 ,p.7
*5
JETRO「フェムテックの浸透が促す意識改革」(2021)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/theme/innovation/gahub/belrin/report202110.pdf, p.2